中国の「東シナ海防空識別区」設定は「日本狙い撃ちの威圧」なり
永岩 俊道 (双日総合研究所 上席客員研究員 / 元 航空自衛隊 空将)
中国国防部は、2013年11月23日、中国政府の「東シナ海防空識別区設定」に関する声明を発表するとともに、「東海防空識別圏航空機識別規則」に関する公告を発出した。中国が今回設定した「東シナ海防空識別区」は、その形状が極めて特異であるとともに、いわゆる「防空識別圏」の一般的概念とは異なる管轄権を主張するものとなっている。明らかに尖閣諸島の獲得を目論む「日本狙い撃ちの威圧 (Tailored Coercion)」であると言わざるをえない。中国の「サラミ・スライシング戦略(包芯菜戦略)」がまた一歩前進したのである。
今回の中国側の措置は、周辺諸国に何らの事前調整も無く、かつ、領空への接近の有無に係らず公海上を飛行する民間航空機を含む全ての航空機に対して、一方的に軍の定めた手続きに従うことを強制的に義務づけ、これに従わない場合は、武力による防御的緊急措置をとるとしており、国際法上の一般原則である公海上空の飛行の自由を不当に侵害している。しかも、我が国固有の領土である尖閣諸島があたかも中国の領空であるかのごとき表示を行っていることはあまりに非常識である。こうした一方的な現状変更の措置は不測の事態を招きかねず、地域の安定を損なう行為であり容認できない。ちなみに、中国民用航空局は、「防御的緊急措置」に係わる記載を省いた航空路誌(AIP: Aeronautical Information Publication)を発出している(2014年3月5日16時発効)が、中国国防部の公告自体を変更したという気配は今の所ない。
中国側がいかなる航空行動を取るかについては定かではない。但し、2001年4月の中国海南島沖公海上での米中軍用機衝突事件における中国空軍戦闘機の度を超した対処行動や、2013年1月の中国海軍艦艇による海上自衛隊護衛艦に対する火器管制レーダー照射事案等に鑑みるに、当該領域において中国軍が不必要に過敏で挑発的な行動を取る恐れも排除できないが、これに怯んで現状の尖閣諸島付近の日本による実効支配の状況を放棄することがあってはならない。
我が国の対領空侵犯措置任務遂行に際しては、不測の事態に備えつつ毅然たる態勢の維持及び対処に心掛けるとともに、中国側の挑発に安易に乗らない慎重な配意が肝要である。これらに、国民の健全な領空保全意思と力強い後ろ支えが不可欠であることは言うまでもない。
中国の「東シナ海防空識別区」設定は、国際法に基づく国際秩序に対する挑戦であり、帝国主義的兆候を含有した危険な覇権行動として世界に広く異を唱えて行く必要があろう。加えて、中国は、今後、いわゆる「九段線」を主張する南シナ海への新たな防空識別区の設定を示唆している。日本は、特に米国と歩調を共にしつつ、法秩序を守る先兵としてこれらに毅然と対応していかなければならない。
中国の最近の覇権的行動の兆候を見るにつけ、習近平政権の政策は鄧小平の唱えていた戦略、すなわち「韜光養晦、有所作為(時を待ち、できることをする)」を積極化する段階に入ったと言わざるを得ない。力を背景として現状変更を試みるなど高圧的ともいえる対応を示している中国に対して日本がとるべきは、日米間の緊密な連携の下、中国のいわゆる「接近阻止・領域拒否(A2/AD: Anti-Access/Area Denial)」戦略に対して、日本版「接近阻止・領域拒否」戦略を推進して、第1列島線内の中国による「内海化」を阻止することが肝要である。
日本は、周辺環境の深刻な変化傾向を見据えて、国際協調主義に基づく積極的平和主義を力強く推進して行かねばならない。日本は、今や、アジア太平洋地域の平和と安定を追求するための中心的な存在として、米国と足並みを揃えつつ相応のリーダーシップを積極的に発揮していくことが期待されている。
RIPS' Eye No.177
執筆者略歴
ながいわ・としみち 1971年、防衛大学校卒業後、航空自衛隊入隊。第203飛行隊飛行隊長、第6航空団飛行群司令、第2航空団司令兼基地司令を歴任。2005年、イラク復興支援、国際緊急援助活動等に携わる航空支援集団司令官。防衛研究所、スタンフォード大学軍縮軍備管理センター客員研究員。2007年より2年間、ハーバード大学アジアセンター上席客員研究員。安全保障懇話会、中国政経懇談会、中国軍事研究会、国際安全保障学会等に所属。平和・安全保障研究所研究委員。