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首相の靖国神社参拝がもたらした日本外交の好機を見逃すな

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畠山 圭一 (学習院女子大学 教授)

 安倍首相の靖国神社参拝は、米中両国に外交の見直しを迫り、国際政治の構造やパワー・ゲームのルールを変えるだろう。そう直感したのは首相参拝の直後にワシントンで会食した知人が「安倍首相はゲーム・チェンジャーになるのでは」と語った時だ。半世紀間、米国側から政府・議会の対日政策を分析してきたその知人は、安倍首相が靖国神社に合祀されない国内及び諸外国の人々を慰霊する「鎮霊社」を参拝したことも感慨深く受け止めていた。

 靖国神社が軍国主義と無関係なことは米占領軍が認めた事実だ。安倍首相自身も今回の参拝を「過去への反省」と「日本の平和への決意」のためと国内外に説明している。しかも、中韓両国が安倍政権を「軍国主義者」と非難し対話を拒んだのは、それ以前からで、今回の参拝が直接原因ではない。

 対日非難について、中国は、日本にその政権如何にかかわらず「軍国主義」のレッテルを張り、①自らの軍備増強と勢力圏拡大を正当化し、②日本の抵抗・対抗の意思を削ぎ、③国内外の世論を味方につけ日本を孤立させる、という意図を窺わせていた。だが、安倍政権は「積極的平和主義」を掲げ、協調外交・支援外交を世界規模で展開し、特定秘密保護法制定・日本版NSC創設・沖縄基地問題解決など日米同盟を着々と強化し、かかる中国の意図は通用していない。

 中国の対日圧力も失敗続きだ。2010年、尖閣諸島沖での中国漁船による海保巡視船体当たり事件で、菅政権は融和的に事態を収拾したが、直後の証拠ビデオ流出で中国は体面を失った。2012年、野田政権の尖閣諸島国有化では、中国政府の対日非難が中国国内の激しい反日暴動をもたらし、中国の国際的信用は大きく傷ついた。2013年、中国海軍艦船による海自護衛艦への火器管制レーダー照射では、安倍政権は事態のエスカレートこそ避けたが、その事実を世界に公表したため、中国のイメージは大幅ダウンした。こうした事態に激高する国内世論と人民解放軍の圧力は北京政府に向かわざるを得ない。そこに、安倍首相の靖国神社参拝という事態が加わり、これまでの戦略や圧力の無効性を決定付けることとなったのである。中国の対日戦略の見直しは必至だろう。

 それはまた従来の日米中3国関係にも波及する。米国の対中戦略は、自国権益が脅かされぬよう中国の海洋大国化を阻止することが目的で、米中対決は本意ではない。軍備縮小を迫られる米国にとって日本の防衛力増強と日米同盟強化は不可欠だが、米中衝突は避けねばならない。中国も勢力圏拡大のために米中対立回避は絶対条件だが、国内世論と人民解放軍の圧力という難題を抱えている。

 そこで米国は日本を制御可能なパートナーと願い、中国は刃向かわない日本、国民感情や人民解放軍を刺激しない日本であってほしいと願ってきた。そこに米中の奇妙な利害一致が生じ、日本が米中双方からソフトに封じ込められる「ダブル・コンテインメント(二重封じ込め)」が成り立っていた。安倍首相の靖国神社参拝はその構造も壊した。靖国神社参拝の可能性は今後も残るため、中国はいつまでも強気ではいられず、米国も安倍政権の動きを無視できず、「ジャパン・パッシング(日本無視)」の時代は終わるだろう。

 今回、米国は、「日本と近隣諸国の緊張が増幅させかねない行動」に「失望した」と述べた。だが、近隣諸国にも「関係を改善させ、地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進すること」を呼びかけ、「首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する」と締めくくった。ここに米国の対応変更のサインが読み取れる。中韓両国への態度変更の促しと、安倍政権への支持と映るからだ。中国は今後の対応を模索するために、当面、対日強硬姿勢を強めようが、事態の悪化は避けようとするだろう。米国は対日関係を再調整し、日米両国の緊密な連携と更なる同盟深化を求めよう。韓国は米中双方の態度の変化に戸惑いを見せるかもしれない。

 安倍政権は首相の靖国神社参拝がもたらしたかかる好機を見逃さず、「積極的平和主義」の促進に加え、歴史事実の誤認を正すために諸外国への丁寧な説明を旨とする積極的広報外交を進めるべきだ。それが対中関係、対韓関係を正常化し、首相による静謐の中での靖国神社参拝を可能にすると考えられる。

RIPS' Eye No.175

執筆者略歴

はたけやま・けいいち 早稲田大学卒。学習院大学大学院博士課程中退。ジョンズ・ホプキンズ大学研究員、メリーランド大学客員研究員、ジョージ・ワシントン大学客員研究員、北陸大学助教授、学習院女子大学助教授を経て、2002年より現職。専攻は、国際政治、アメリカ政治外交、日米関係。主著に『米国官僚組織の総て』『日米新秩序の構想』(以上、行研)、『アメリカ外交の軌跡』(共著・勁草書房)、『アメリカ・カナダ』(編著・ミネルヴァ書房)、『中国とアメリカと国際安全保障』(編著・晃洋書房)、訳書に『宗教と国家―国際政治の盲点』(共監訳・PHP研究所)、『ウルカヌスの群像―ブッシュ政権とイラク戦争』(共訳・共同通信社)など。

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