中国との「成熟したライバル関係」を目指して
益尾 知佐子 (九州大学大学院 比較社会文化研究院 准教授)
近年、日本の対外認識は急激に深刻化している。その原因は言うまでもなく、台頭した中国の海洋部における攻撃的姿勢である。中国の国家戦略の観点からすれば、同国にとっての「平和」は、米国の海洋覇権が太平洋の彼方に遠のき、自国にとっての脅威ではなくなったときに達成される。尖閣諸島問題は、中国にとっては東シナ海の大陸棚部分(つまりその大半)を内水化できるか否かという安全保障上の課題であり、その実効支配の確立は「平和」実現に向けた第一歩である。北京は究極的には、日米同盟を断ち切り、米軍を東アジアから遠ざけることを目指すだろう。日本が受けている挑戦は、構造的かつ長期的なものである。
ただし、日本の対外政策を日本対中国の二項対立に集約させていくことは、将来的には日本の評価を貶めることにつながり、国益に合致しない。日本の対中認識は、国際的には必ずしも共有されていないからだ。中国台頭の国際政治上の重要性は、それが南北間のパワーシフトを促し、ダイナミックな構造変容のきっかけをもたらしたところにある。高齢化し中進国化する日本としては、新たな国際構造の中でいかなる立ち位置を確保していくかが最も本質的な課題であろう。中国の危険性を強調することより、よりよい世界のために各国に何を提案し、どう実行していくかの方が、日本の国際的な地位や名誉を維持していくために重要になっている。
2014年5月のアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)が示したように、中国は長期的には、西側を中心とする国際システムの漸進的再建を目指している。1970年代までほとんどの国際組織に加入できなかった中国にとって、あとから参加した枠組の居心地は決して最適ではない。ただ、これまで既存の枠組の中で周辺化されていた国々のほとんど、特に中国と陸上国境を接するロシアやインドなどの隣国も現在、期待を込めて中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立準備を見守っている。中国が既存の国際システムに風穴を開けたことを歓迎する国は少なくない。
日本ではあまり認識されていないが、中国には多様な顔がある。海洋部の対立的関係とは対照的に、中国と陸上隣国14ヵ国との関係は1990年代以降、基本的に良好である。中国は12ヵ国と国境画定作業を完了させ、未画定国との間でも、2013年10月にインドと国境防衛協力協定を結ぶなど安定を維持している(そのほか、ブータンとは国交がない)。中国の中央政府は所得格差縮小と国内の安定のため内陸部の経済発展を重視しており、それには陸上隣国との建設的関係の構築が不可欠なのである。省レベルの地方政府はその重要な担い手となっており、北京とは異なる生活重視の観点から、民間経済の国境を越えた活動を刺激するため知恵を絞っている。日本のメディアが中国の国家戦略と強調する中国と陸上隣国との経済統合は、実際のところほとんどが「裸一貫」で海外に繰り出してきた中国の個人や民間企業によって担われている。見る角度によっては、中国は実に「善良な隣人」なのである。また、活力に溢れた個々の中国人を迎え入れることに(さまざまな問題はあっても)、隣国側もあまり大きな拒否感は持っていない。むしろ彼らは、できれば中国の発展に便乗し、ときには中国と西側との対立から漁父の利を得て、自分たちの国づくりを進めていくことを狙うようになっている。中国の台頭は、それをとりまく非西欧諸国の国際的な活性を高めているのである。
日本に必要なのは、中国との不測の事態の発生に粛々と備えながらも、国際政治のレベルで中国の台頭がもたらすダイナミズムを認知し、それに積極的な構想力をもって応じ、ときには中国と建設的に協力を進めていくことではないか。中国の愚痴ばかりでは、日本の国際的な魅力は低減する一方である。国際社会で互いにネガティブキャンペーンを張り合った最悪の2年間を経て、日本にはそろそろ、グローバルなレベルで中国との「成熟したライバル関係」を目指すべきときがやってきている。
RIPS' Eye No.187
執筆者略歴
ますお・ちさこ 専門は東アジア国際関係、および現代中国の政治・外交。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2014年9月からハーバード大学イエンチン研究所で共同研究者として在外研究中。主要業績に、『中国政治外交の転換点――改革開放と「独立自主の対外政策」』(東京大学出版会、2010年)、「東アジアの安全保障環境」(川島真編『シリーズ 日本の安全保障 第5巻 チャイナ・リスク』岩波書店、2015年近刊)など。