米国へ向かう弾道ミサイルの迎撃
徳田 八郎衛 (元 防衛大学校 教授)
技術的可能性の検討を怠る日本の政治風土
2006年に第一次安倍内閣が発足するや、米国へ向かう(と思われる)弾道ミサイルを日本が迎撃することの是非についての議論が沸騰した。きっかけは安倍総理がワシントン・ポストの取材でこれを取り上げ、もしも集団的自衛権に関連してできないのであれば研究する必要があると述べたためであるが、同年11月の衆院安保委員会では、防衛問題には付きものの法的制約もしくは法的可能性の問題に留まらず、技術的可能性(フィージビリティ)にまで触れる真摯な討議が行われた。野党の長島昭久委員が「将来の技術進歩によって米国向けのミサイルでも日本周辺から迎撃できるようになるのではないか。また日米同盟強化のためにも迎撃すべきではないのか」と何度も問い質したのに対し、久間防衛相は「高速度で高高度を米国目指して飛ぶICBMを、後追いの、より低速の迎撃ミサイルが追いつくのは不可能」と、従来からの公式答弁を繰り返すに留まったが、「(自衛隊に)させてよい」「よくない」の議論ばかりの安保委員会で、将来の技術進歩を前提とした将来装備のフィージビリティに触れる議論が行われたのは画期的なことであった。
ところが翌年5月に結成された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は、集団的自衛権の行使を検討する4類型の中の一つとして「米国向けの可能性のあるミサイルの迎撃」を取り上げ、様々な意見を交わしたものの、フィージビリティについては懇談会の任務から外されているため検討されなかった。恐らく先述の長島議員と同じく「将来の技術進歩で可能となるのを前提」として討議したものと思われるが、迎撃が現在も将来も技術的、実戦的に難しいだけでなく、何十秒かの短時間に「米国向けの可能性がある」と判定することさえも技術的には難問である。日本の政治風土が生み出した「法的にできる」「できない」の検討も必要であろうが、その前提である「技術的に(何年ほど後には)できる」「できない」の検討はなぜ行わないのであろうか。
技術的可能性の検証を重んじる米国
これに比べると米国の政治風土はフィージビリティ・スタディ、あるいは技術的アセスメントと称する技術的可能性の検討を重んじる。30年前にレーガン大統領が提唱した戦略防衛構想(SDI)も今回の日本に似た論争を巻き起こしたが、「夢のような技術」の検証も等閑にはされなかった。議会技術評価局(OTA)は、高出力レーザ等の指向性エネルギー兵器(DEW)に過度に依存する奇妙なミサイル防衛システムがまともに機能するのかをMITのアシュトン・カーター教授(現在、装備・研究開発担当の国防次官)に調査を委託したし、米物理学会(APS)は米国防省の依頼と支援に基き20年後に指向性エネルギーの兵器化が可能となるか否かの研究を秘資料にもアクセスしながら実施した。どちらの報告も指向性エネルギーの将来性に悲観的であったのでDEW推進派を激怒させるが、米国防省は指向性エネルギー研究に深入りせず、ミサイル、それも直撃方式という高度な技術を基盤とするミサイル防衛システムを段階的に発展させてきた。
それが北朝鮮やイランを対象とする現在の限定的なシステムに繋がったが、米国向けの長射程、高速度のICBMについては弾道の終末段階で迎撃するのが技術的に困難であるため、SDIと同様にICBM発射直後のブースト段階(ミサイル燃焼中の段階)での迎撃と破壊が期待されてきた。これの技術的可能性を案じたAPSは、再び特別委員会を結成してブースト段階迎撃のフィージビリティ研究を行い2004年に結果を公表するが、速度10km/sという非現実的な高性能迎撃ミサイルの存在を前提とするシミュレーションを行っても悲観的な結論となるのは避けられなかった。ウラジオストクや牡丹江のような近地点から迎撃ミサイルを発射しない限り北朝鮮から米本土へ向かうICBMのブースターが燃焼中に命中させることができないし、また発射を探知するや行き先を確認することなく直ちに迎撃する戦法を採らねばならないと指摘している。
一方、日本の学術会議に相当する全米アカデミーズの重要構成団体である全米研究評議会(NPC)も議会の要請を受け、「弾道ミサイル防衛の解明:ブースト段階ミサイル防衛のコンセプトとシステムの評価、そして代替案の検討」と題する研究を実施した。2012年に発表された報告書は、肝心のところは秘となっているが、ブースト段階迎撃についてはAPS報告以上に悲観的であり、「ブースト段階迎撃の研究にはビタ一文支出するな。打ち上げた迎撃ミサイルが捉える電子光学画像処理も含め、目標の形状・飛翔コース予測の研究費を増額し、大気圏外での迎撃に努力を集中せよ」と政府に勧告している。
法的可能性だけでなく技術的可能性の検討も
同報告書は、ハワイ向け、グアム向けの弾道ミサイルは日本列島を飛び越すとはいえ、発射地点から1000km以上離隔しているので飛翔高度や速度から見て日本列島周辺での迎撃は難しいが、より進んだイージス迎撃システムや終末高高度防空システム(サード、THAAD)を目標地域に展開させれば十分対処可能と楽観視している。この報告に従えば、日本が米国を確実に支援できるのは、詳細な目標情報の提供であり、いみじくも久間防衛相が2006年秋の国会答弁でこれを看破している。この目標情報提供の可否についても集団的自衛権の論議は避けられないが、技術的にも大きな課題である。法的可能性や政治的可能性だけでなく、それを裏付ける技術的可能性の検討も、この機会に真剣に行っては如何であろうか。そうでないと、戦後68年になるのに、日本は「米国に基地を提供するだけ」になってしまう。
RIPS' Eye No.168
執筆者略歴
とくだ・はちろうえ。京都大学理学部地球物理学科卒業、同大学院理学研究科博士課程を経て防衛省技術研究本部、陸上幕僚監部、統合幕僚監部、防衛大学校等で研究開発、技術調査、技術教育に当る。元1等陸佐。主著に「間に合わなかった兵器」「間に合った兵器(いずれも東洋経済新報社)」、共著に「中国をめぐる安全保障(ミネルヴァ書房)」、「大国ロシアになぜ勝った(芙蓉書房出版)」等多数。