トルコの反政府デモとその後-トルコの国際的イメージ回復支援を惜しむな-

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東野 篤子 (筑波大学大学院 人文社会系 国際公共政策専攻 准教授)

 トルコの最大都市イスタンブールのタクシム広場に隣接したゲジ公園の再開発をめぐって今年5月末に発生した抗議活動は、瞬く間にトルコ全土を揺るがす反政府デモへと拡大した。警察隊が抗議活動に加わった市民を催涙ガスや放水銃などの手荒な方法で強制排除する姿は、センセーショナルな国際報道の対象ともなった。

 抗議活動が拡大するにつれ、これを2010年以降に発生した一連の「アラブの春」になぞらえ、「トルコの春」と称する報道が一部で見られた。しかし、今回のトルコのデモが「アラブの春」とは根本的に異なることをまずは確認しておく必要がある。エルドアン首相率いる公正・発展党(AKP)は、複数回にわたる選挙で圧倒的な勝利を収めて与党の座についている。同首相がトルコの国是である世俗主義から逸脱しつつ、反対勢力を強権的なやり方で封じ込めようとしているとの批判は確かに存在するし、同国において人権やマイノリティの保護、報道の自由などに問題があることも周知の事実である。それでも今回のトルコの抗議活動は、民主化がすでに相当程度達成された国で起きたものであり、長期独裁政権に民衆が立ち向かった「アラブの春」とは大きく性質を異にする。

 現在、抗議活動は沈静化の方向に向かいつつある。また、今回の騒動の国内的・国際的影響も(少なくとも短期的には)限定的なものにとどまりそうである。

 まず、国内政治への影響から見ていこう。今回の反政府デモがただちにエルドアン首相およびAKPの支持基盤を大幅に弱体化させることにつながるとは考えにくい。AKPの支持率は依然として農村部を中心に高く、エルドアン政権が主導した経済成長は(最近は陰りが見えてきたものの)国内でも広く評価されている。さらにトルコ国内には強力な野党が存在せず、政権への抵抗勢力も組織化されていない。今回の事態により、同氏が目指す大統領就任等のハードルが若干上がること等は予想されるが、少なくとも短期的には、今回の事態がトルコの国内政治地図を大きく塗り替えることはなさそうである。

 次に、トルコ・EU関係への影響である。EUは今回の騒動に懸念を表明していたため、これによってトルコのEU加盟交渉がさらに遅れるのではないかとの見方もあった。しかし実際には、2005年に開始されたトルコの加盟交渉は、キプロス問題などを理由として2006年以降ほとんど凍結状態にあった。したがって皮肉なことに、今回の抗議活動がEUにどれほど悪印象を与えようと、トルコにとってはすでにこれ以上失うものもほとんどなかったのである。一方今回EUは、トルコの抗議活動への強硬姿勢を加盟交渉中断の直接的な口実として用いることを避けている。EUは6月25日、トルコとの間で、新たな政策領域(地域政策)についての交渉を「今年10月以降に」開始することで合意した。EUにとっては、この合意は加盟交渉の更なる延期に他ならなかったが、エルドアン政権はこの合意を「加盟交渉再開の道筋がたった」として歓迎した。EUとトルコの双方が穏便な決着を模索した結果といえるであろう。

 最後に、米国との関係に与える影響である。従来、米国はトルコとの同盟関係を極めて重視し、同国を「中東で民主主義が成立しうる」好例であると持ち上げてきた。今回の事態では、米国政府関係者は複数回にわたって、デモ鎮圧に行き過ぎた点があったとして懸念を表明したが、その指摘のトーンは比較的抑制的であったと言えよう。デモ勃発前の5月中旬に実現されたエルドアン首相の訪米時にも明らかになった通り、トルコと米国との二国間関係は現在のところすこぶる安定的である。とりわけ米国としては、シリア情勢への対応をめぐってトルコの協力を取り付けておく必要があり、今回のデモをきっかけとして対トルコ関係を悪化させる意図はない。一方、エルドアン首相は、今回の反政府抗議活動は、「トルコが政治・経済大国になろうとするのを阻む勢力の陰謀」であると断じ、「アメリカのユダヤロビー」がその一翼を担っていると非難しているが、少なくとも米政権内でこうした発言を表だって問題視する声はほとんど聞かれない。

 今回の出来事に対する諸外国からの懸念の表明がむしろトルコ政府の反発を招く結果となったことからもうかがえる通り、地域大国としての自覚と自信を強めつつあるエルドアン政権下のトルコに対し、自らの民主主義のありかたについて外部から再考を促すことは容易なことではない。しかし日本はそれでも、トルコとの間で長年にわたって築いてきた友好関係と、急速に拡張しつつある経済関係を生かして、同国が国内的な緊張を緩和し、今回の騒動で損なわれた国際的なイメージを回復するプロセスを支援するパートナーとして行動すべきである。そのためにはまず、同国における柔軟な社会対話や平和的な交渉の促進がトルコの投資・ビジネス環境の改善にもつながり、同国の国際的な地位を高めることになるとのメッセージを多様なチャネルを用いて発信し続けていく等の地道な努力が欠かせないであろう。

RIPS' Eye No.167

執筆者略歴

ひがしの・あつこ 英国バーミンガム大学政治・国際関係研究科博士課程修了(Ph.D.)。OECD日本政府代表部専門調査員、バーミンガム大学講師、広島市立大学国際学部准教授などを経て現職。専門分野は現代ヨーロッパの国際政治、欧州連合(EU)の拡大など。 当研究所安全保障研究奨学プログラム第13期生。

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