在外邦人等輸送には省庁間連携の強化が不可欠
安富 淳 (平和・安全保障研究所 研究員)
タイ、日本、米国などがタイで毎年実施する多国間共同訓練「コブラゴールド」への自衛隊の参加は今年で11回目になる。外務省と防衛省・自衛隊は、去る2月に行われた「コブラゴールド2015」の非戦闘員避難訓練(Non-combatant Evacuation Operation:NEO、日本では在外邦人輸送訓練と呼んでいる)での教訓を基に省庁間連携をもっと強化すべきだ。
「コブラゴールド2015」のNEO訓練は、陸上・航空自衛隊及び防衛省から約70名、外務省・在外公館(在タイ日本大使館を含む)から約50名、輸送される邦人役ボランティア(大使館員家族など)約50名および米国、タイの軍人・避難民役により実施された。
従来は自衛隊・防衛省が訓練のシナリオ作成・準備・実施・評価をすべて行ってきたのに対し、ここ数年はこの過程の一部を外務省との連携で実施してきていることは高く評価できる。実際の邦人等輸送は現地大使館員を始めとする外務省、その他省庁の連携なしには不可能である。訓練では、在外邦人案内、領事業務、医療支援など様々な業務を外務省・在外公館職員が実際に自衛隊員と共に行った。このような経験は実際の輸送活動で確実に役立つはずだ。
他方で、今後改善していくべき課題も多い。第一は、外務省がNEO訓練の主体になっていないことだ。NEO訓練を含むコブラゴールドへの参加方針は例年、統合幕僚監部運用部訓練班が設計・調整し、事前の訓練計画会議で米軍及びタイ軍と調整し、日本国内での陸上・航空自衛隊による独自の事前訓練を実施した上で、タイでの実際の訓練に臨む。この過程で、外務省(及び他省庁)はほとんど関与しない。訓練に参加する多くの外務省・在外公館職員はNEO訓練の3日前にタイに集合し、事前説明及び予行演習で初めて訓練の状況設定や内容を確認する。外務省は邦人輸送に係る軍事的専門知識や訓練設計能力はないため、訓練計画が自衛隊主体で進められることはやむを得ないが、自衛隊は、外務省が担うべき邦人保護などの具体的手続き、外務省・領事館の邦人保護業務の実態、組織文化、用語等になじみがない。このため、外務省の役割や行動を自衛隊が一方的に想定した訓練を設計する事態になりかねない。外務省が訓練設計時から積極的に参加し、外務省の役割・機能や業務の進め方、一般の在留邦人の生活状況など、自衛隊が情報を得にくい事項をインプットし、現実により近い訓練が可能となる体制づくりが必要だ。
第二に、邦人輸送時における外務省-防衛省間で合意された役割分担を明記した覚書(平成12年)が存在するが、訓練に参加する外務省員・在外公館職員でこれを熟知しているものは決して多くない。日々膨大な業務をこなす彼らにとって日常から同覚書を記憶しておくことは困難であろうが、定期的な訓練や研修等を通して、その内容を身につけておくことが必要だ。また、邦人陸上輸送が可能となったことに伴い、覚書の一部改定が必要だ。この作業も、外務省と防衛省・自衛隊の連携を密にして迅速に進めるべきだ。
第三に、教訓の蓄積と共有の深化が必要だ。訓練で得た貴重な教訓は記録し共有し、次回の訓練に活かされなければならない。NEO訓練実施後に反省会は実施されるものの、自衛隊・防衛省と外務省間、また、統合幕僚監部が取りまとめをしているとはいえ陸上・航空自衛隊間の教訓の共有はほとんど行われていないし、実際に訓練に参加した自衛隊員は過去の訓練の教訓記録を目にしたことはないと述べていた。
将来、在外邦人等輸送の実現の可能性は高まるだろうが、今回のNEO訓練での教訓を有効に活かし外務省及び防衛省・自衛隊との連携強化を図っていくべきだ。
RIPS' Eye No.192
執筆者略歴
やすとみ あつし 平和・安全保障研究所研究員。上智大学比較文化学部卒業。ベルギー・ルーヴェン大学社会科学学部博士課程修了。「コブラゴールド2014」及び「コブラゴールド2015」に筆者のオブザーバー参加を支援して下さった在タイ日本国大使館をはじめとする各関係者に謝意を表したい。