中東での日本のプレゼンスを高めよ:研究拠点の設置と政治的主張の発信を
中村 覚 (神戸大学大学院 国際文化学研究科 准教授)
カタルは、欧米と中東の著名な政治学者が、毎週、国際会議のために集う世界で有数の中東研究拠点に成長した。本稿は、このカタルに数カ月、研究員として身を置いた視点から、中東における日本の弱点を補完するための政策として、中東の複数の国に日本の研究・教育拠点を増設する措置を提案したい。中東に関わる日本の弱点を三点に要約すると、一つ目に現代中東政治・安全保障研究の速度と量について行けないことである。二つ目に、日本の価値や政治的主張に関する発信が皆無に等しいことである。三つ目に、中東の国づくりへの日本の市民参加の弱さである。
オバマ政権がアジア回帰戦略を宣言した後でも、米軍の湾岸地域への戦力投射能力は強化されたのだが、それは中東では全く知られていない。オバマ政権は、湾岸地域の安全保障に対する貢献を強化したにも関わらず、「アラブの春」政策やシリア政策に一貫性を欠いたためもあるとはいえ、今後も、湾岸産油国からは米国によって「見捨てられる危険」への疑念を受け続けることになるだろう。同政権は、戦略の提示の仕方がまずかったので低い評価を受けることとなってしまったと言える。この失敗から、湾岸での政治的対話の重要性について、日本は強く認識することができる。
中東とは、欧米諸国や中東諸国が、自国の国益や脅威認識にとって一線を越える「狂信者」や敵は殺せばよいと考えている政治舞台である。また日本で「穏健派」と呼ばれるイスラーム政治潮流の多くは、実際には排外主義の衝動を隠し持っている。このような中東の現状において、日本人は、欧米や中東の政治家が繰り出すような口八丁手八丁の「政治の芸術」を発揮することがなく、自国の考えを説明する取り組みが不十分なままである。
グローバル化した現代では中東において、欧米、中国、韓国の学者や留学生によって、日本の印象を悪くする発言が繰り広げられているが、それに反論するべきはずの日本人はそもそも国際会議に招待されていない。ある湾岸産油国の公的機関は、日本支部の報告を北京支部を通して本国に報告することになっている。つまりこの国は儀礼上は日本を丁重に扱うが、内部では日本を中国より格下に扱っている。アラブ首長国連邦は、日本ではなく韓国に原発事業を発注したが、この事実は、同国が日本を政治的には韓国より格下として扱っていることを示唆するとの解釈がある。原発事業の是非はともかく、ここでは日本の湾岸での政治的地位の低下傾向は、日本が明確に中東戦略を公表せずに来たからであることを指摘したい。これは中東諸国の要望に迅速かつ期待される規模で応えてこなかった結果でもある。
日本の中東政策は建設的であり続けている。日本が湾岸戦争に際して、ペルシア湾の機雷を掃海したが、何の引け目を感ずる必要のない、素晴らしい貢献であった。湾岸産油国の海軍や沿岸警備が脆弱な状況で、日本がアデン湾沖の海賊対策に参加しており、実に意義深い。イラクでの自衛隊による人道支援は、なぜ成功を収めたのか、その秘訣は国際社会にとって大いに参考にされるべきものである。日本は、中東の経済発展や人道支援などに貢献してきたが、それらのほとんどは湾岸地域の市民には知られておらず、日本は対米追随とか親イスラエルなどと誤解されることがある。
日本人の中東分析は、実は欧米から輸入した方法論や情報に強く依存しているので、欧米と同じ過ちを数多く共有している。つまり日本人にとって必要な見方を構築しようという視点は全く研究の含意とされてこなかった。また研究の速度は欧米の後追いである。さらに中東の政治家、知識人、民衆の心を理解しきれていない。アラブでは、政策や演説や研究発表は、政治的競争の一手段であると共に科学であるだけではなく、時として癒しであり、詩であるべきものである。
日本社会は、カタルのような超親日国が「日本人のようにカタル人を躾け、教育して欲しい」という声に充分に気づいていない。カタルの若者達は、アニメファンであるが、日本がカタルの生命線である天然ガス輸出を可能とした偉業を知らない。日本のアニメ産業が強固な基盤を確立する動きはなく、彼らは間もなく自分の手で自国製のアニメを作り始めるであろうから、日本熱は冷めてしまうかもしれない。中東諸国の知識人の間では、日本の教育、歴史、文化に関して知りたいという声が高いのに、日本のソフトパワーの欠如は数十年前から抜本的には改善されていない。日本式の職業訓練校が中東各国で現在の何倍もの数で設置され、適切に広報されるなら、日本の名声は青天井となるはずである。
現代中東政治・安全保障研究の速度と量に追いつき、さらに日本の価値や政治的主張に関する発信を図り、そして、中東の国づくりのために日本の市民がより参加しやすくするための一助として、中東諸国に日本の研究・教育拠点を増設する措置を提案した次第である。
RIPS' Eye No.190
執筆者略歴
なかむら・さとる 神戸大学大学院国際文化学研究科准教授。東北大学大学院国際文化研究科博士後期課程修了。同志社大学一神教学際研究センター研究員。キングサウード大学法政治学部客員研究員。編著者『中東の予防外交』(信山社2012年)、監訳・A・H・コーデスマン著『二一世紀のサウジアラビア』(明石書店2012年)、ほか。