安全保障分野における国家と非国家主体:協働の吟味を
足立 研幾(立命館大学 国際関係学部 教授)
国際関係における非国家主体の影響力増大が指摘されるようになって久しい。このような状況に対して、非国家主体の正統性、代表性、問責性を疑問視して批判するものが存在する。しかし、全体としては、国家と非国家主体とが協働することのポジティブな側面に焦点があてられることが多い。グローバル・ガバナンス論といわれる議論はその典型で、緒方貞子らが参加したグローバル・ガバナンス委員会の活動などもあり、こうした議論は研究者のみならず実務家の間でもよく知られている。そこでは、国家のみでは解決できない問題、例えば国境を越える地球環境問題や感染症問題などでは、国家が非国家主体と協働することによって、より適切に、より効率的に、あるいはより経済的に対応できることがしばしば指摘される。
安全保障分野といえども例外ではない。例えば武器回収のようなミッションは、他国の軍隊よりも、現地で支援活動を行う市民社会団体によって実施される場合のほうが現地住民の反発が少ないことが多い。あるいは、効率性や経済性を考慮して、正規軍が民間軍事会社に協力を求めることもある。国家と非国家主体の協働がうまく機能している典型例としては、対人地雷禁止条約の締結があげられる。有志国が、人道的観点から巧みに世論に兵器禁止への支持を訴えた対人地雷禁止キャンペーンと協働することによって、各国がなかなか合意できなかった地雷の禁止が達成されたからである。条約実施局面においても、市民社会団体が各国の履行状況をモニターしたり、退役軍人の団体が地雷除去活動に従事したりしている。このように、安全保障分野においても、国家と様々な非国家主体とが協働する現象が増加しつつある。
だが、国家と非国家主体の間では、一見目的を共有しているようであっても、その動機に相違があることが少なくない。そうした場合に、能力がある、費用削減になるというだけで、安易に非国家主体に協力を求めることは、後に禍根を残しかねない。安全保障分野であれば、その問題は一層大きくなる。アフガニスタンにおいて、ソ連に対抗すべく、アメリカがムジャヒディンと協力したが、そのムジャヒディンに、ウサマ・ビン・ラーディンが参加していたことも、そうした象徴的な例といえるかもしれない。
現在も、いわゆる「イスラム国」をめぐり、様々な思惑が交錯する多様な非国家主体と国家が協働している。しかし、イランから来るシーア派民兵をはじめ、実力があるという理由のみから協働することに対しては懸念も多い。上記の対人地雷問題においても批判は少なからずある。人道支援や医療支援を行う団体との協働を進める中で人道的観点からの議論に終始するようになり、安全保障の観点からの検討が十分になされなかったのではないか、安全保障上必要な兵器を禁止してしまったのではないかといった批判である。
多様な非国家主体が、国際的に活躍する能力を高めていることは事実である。一方、国際的なテロやサイバー攻撃など、非国家主体が、従来以上に国家の安全を深刻に脅かすことも増えつつある。難民問題や麻薬問題、人身売買問題など、従来安全保障問題と考えられなかった問題も、安全保障上の課題と考えられるようになった。国家単位で対応することが困難なこれらの多様な脅威に対し、国家と多様な非国家主体とが協働して対処することが不可欠になりつつあるといえる。
日本においても、安全保障問題に関する政策立案に際して、様々な非国家主体の情報や見解に耳を傾けることの重要性は高まっている。また、日本が従来以上に積極的にPKO活動などに参加し、国際の安全と平和に貢献していこうとする今、現地で活動する様々な非国家主体と協働する必要が出てくる場面も増えるであろう。その際、現地情報に精通しているという理由で現地の有力者に安易に協力を求めたり、経済的であるという理由で民間企業や市民社会団体と協働したりすることは、時としてかえって問題を複雑にしてしまう恐れがある点に留意する必要がある。日本が国内外の非国家家主体と、いかなる基準に基づいて協働を行っていくのか、またそれら主体と長期的な活動目的に関する合意をいかに形成していくのかという点について、あらかじめ吟味しておくことが必要であろう。
RIPS' Eye No.201
執筆者略歴
あだち・けんき 京都大学法学部卒業、筑波大学大学院国際政治経済学研究科修了。博士(国際政治経済学)。日本学術振興会特別研究員、筑波大学社会科学系助手、金沢大学法学部助教授、立命館大学国際関係学部准教授を経て現職。その間、オタワ大学社会科学研究科客員研究員、アメリカン大学国際関係学部客員教授。専門は、国際政治学、グローバル・ガバナンス論、軍備管理・軍縮。平和・安全保障研究所安全保障研究奨学プログラム第12期生。おもな著作に、『国際政治と規範』、『オタワプロセス』(カナダ首相出版賞)など。