「イスラム国」関係者の国際刑事裁判所での訴追は可能か
浅田 正彦(京都大学 教授 / 平和・安全保障研究所 研究委員)
2014年6月の「イスラム国」樹立宣言から1年余りが経過した。まだ1年しか経っていないのかという印象である。それだけ「イスラム国」による残虐行為の数々が我々の心に焼き付いているということであろう。「人道に対する犯罪」ともいえるあのような残虐行為を行った個人を、訴追・処罰するための裁判所がある。2002年に設立された国際刑事裁判所(ICC)である。同裁判所では、これまでスーダンのバシール大統領やリビアのカダフィ大佐のような国家元首や国家の最高指導者を含む人物に対して逮捕状の発付等の手続が開始されている(いた)。
「イスラム国」の指導者バグダディやジハーディ・ジョンなども訴追できないか。ICCもICC規程という条約に基づいて設置された裁判所であるだけに、事はさほど簡単ではない。その可能性を法的な側面と政治的な側面の双方を勘案しながら探ってみよう。
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CCは、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪が処罰されずに済まされてはならない」(ICC規程前文)として創設されたものであり、その管轄権はこれまでに前例を見ないほど画期的な内容を含んでいる。すなわち、ICCが犯罪被疑者を訴追・処罰することができるための基本的な要件は、①犯罪被疑者の国籍国、または②当該犯罪の行為地国がICC規程の当事国であるということである(ICC規程第12条2項)。したがって、犯罪行為地国がICC規程の当事国であれば、ICC規程非当事国の国民であっても訴追・処罰できるし、被疑者の国籍国がICC規程の当事国であれば、犯罪行為地のいかんを問わず訴追・処罰できることになっている。
これを「イスラム国」のバクダディに当てはめるならば(「イスラム国」は、その名称にもかかわらず国としては認められておらず、ICC規程の当事国にはなれない)、バグダディの①国籍国はイラクであり、その②犯罪行為地国はイラクとシリアということになろう。しかし、残念ながらイラクもシリアもICC規程の当事国とはなっていない。
ICC規程にはさらに、国連憲章第7章に基づく安保理による事態の付託という方法がある(第13条(b))。実際、上記のバシール大統領やカダフィ大佐のように、国籍国がICC規程の当事国ではないにもかかわらず、その元首等の訴追に向けて手続が開始された事例は、いずれも安保理が事態をICCに付託したものである(それぞれ決議1593(2005)および決議1970(2011))。しかし、「イスラム国」の場合には、同様の決議が安保理で採択される可能性はほとんどない。シリアの事態のICCへの付託にはロシアが拒否権を行使するからである(実際、2014年5月22日に拒否権を行使)。
ほかに道はないのか。ないわけではない。ICC規程第12条3項には次のような規定がある。「この規程の締約国でない国が2の規定に基づき[つまり上記①②の国であることにより]裁判所の管轄権の受諾を求められる場合には、当該国は、裁判所書記に対して行う宣言により、問題となる犯罪について裁判所が管轄権を行使することを受諾することができる。」これは、ICC規程の非当事国の国民が被疑者であり、またはICC規程の非当事国において当該犯罪が行われた場合に、それらの国がアド・ホックにICCの管轄権を認める可能性を規定したものである。これまでにコートジボワールやウクライナなどが同項に従って宣言を行っている。
この規定によれば、イラクまたはシリアが「イスラム国」の犯罪(人道に対する犯罪など)についてICCの管轄権を受諾する宣言を行えば、バグダディの訴追も可能となることになる。ただ、シリアについては、アサド政権の行為を含むシリアの事態をICCに付託することが安保理で議論されてきたことを考えれば(S/2014/348)、多くを期待できないであろう。こうして、イラクのアバディ政権によるICCの管轄権受諾宣言が、「イスラム国」関係者の訴追・処罰に向けて最後に残された可能性ということになるように思える。
RIPS' Eye No.200
執筆者略歴
あさだ・まさひこ 京都大学法学部卒。外務省専門調査員、オックスフォード大学客員研究員、岡山大学教授を経て現職。国連安保理北朝鮮制裁専門家パネル委員、検証に関する国連事務総長諮問 委員会委員、原子力委員会専門委員、産業構造審議会臨時委員、OPCW理事会日本代表団随員などを歴任。