12月1日(木)に平和・安全保障研究所は、「中国の外交・安保政策をどう評価するか ― 東アジアにおける安全保障環境の展望と日本の役割」と題して、第16回RIPS秋季公開セミナーを開催しました。今回は、特別企画として、アメリカのジャーナリスト2名を交えて、虎ノ門ヒルズのホールで行いました。
● 基調講演(田中明彦氏・東京大学東洋文化研究所教授)
田中氏は、「中国の外交・安保政策をどう評価するか」と題する基調講演で、以下のような主旨を主張されました。
中国のGDPはかつては日本の1/4しかなかったものが、2010年には日本の3倍にまで拡大した。中国の経済がこれほどまでに成長できたのはなぜか、それは、ひとえに中国製品を消費する世界市場があるからだ。中国のこれまでの巨大な利益は、国際的な秩序によって形成された世界市場から大きな恩恵を受けてきたといっても過言ではない。
中国は1648年のウェストファリア体制をベストとは考えておらず、自らが思い描く「中華秩序」が最も望ましいと考えている。これが西側諸国には脅威と映る。かつては日本の1/3程度であった中国の軍事予算は2005年に日本と同規模となり、ついには2015年に日本の4倍以上にまで膨らんだ。中国は、日本の軍事力を追い越したのだから国力にあった行動をすべきとの考えに基づき、2012年に日本が尖閣諸島を国有化したのを皮切りに、尖閣諸島に対しては、必要であれば力を以って対応すべきと考えている。トランプ次期大統領の安全保障政策は未知数ではあるが、中国の外交・安全保障政策は、今後も基本的には大きく変化せず、軍事力を基盤とした威圧的な政策が継続するだろう。
このような状況下、日本の防衛費は中国の1/4となっているのは好ましくなく、時間をかけて確実にこのギャップを埋めていく必要がある。日本の防衛力は、今後質的な成長も重要だ。
● パネル・ディスカッション
パネルディスカッションでは、①中国の外交・軍事政策の評価と日本の役割、②中国の経済外交の評価と日本の役割、③米国新政権と日米同盟の3つのテーマに沿って議論されました。パネリストには、村井友秀氏(東京国際大学教授・元防衛大学校教授)、津上俊哉(津上工作室代表)、加藤洋一氏(日本再建イニシアティブ研究主幹・元朝日新聞編集委員)、また米国ジャーナリストのヒューゴ・リストール氏(Hugo Restall)氏(『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙アジア版論説編集長)および、ジェームズ・カーチック(James Kirchick)氏(『Daily Beast』紙ワシントン特派員)の計5名を招き、当研究所の西原正理事長の司会で進められました(※ドミニク・ジーグラー氏(『エコノミスト』誌Banyanコラムニスト)は急病にて欠席されました)。パネルディスカッションでは、以下のような意見やコメントが述べられました。
村井氏からは、日本の対中政策に関し、「日本はNATO諸国の目安値のように軍事費をGDP2%までに引き上げて、中国には日本よりも有利であるというイメージを与えず、また日本は『守るものは守る』という強いメッセージを発信すべきである」との意見が述べられました。これに対して、加藤氏は、「当面、日本は中国を「信頼なき安定」の関係を構築するよう取り組んでいく必要がある。現状の中国を即座に信頼高い相手とすることは出来ない、とはいえ、今は無理であっても緊張を高めないために相互努力できる関係を構築すべきである」と分析されました。
中国経済について、津上氏より、「中国の経済状況には報道されているような成長率は非現実的であり、5−10年先の中国経済を悲観視している。RCEPで中国がリーダーシップを担うとは思えない、なぜなら中国国内にそのような需要がないし、東南アジアには既にFTAが存在しているからだ」とのコメントが述べられました。これに対し、リストール氏が、「今日の国際的なシステムの中では、愛国心やナショナリズムといったネガティブな感情を助長する国家が増えてきたのではないか。中国の経済発展と共に、中国国内にはこのようなネガティブな愛国心が育ってきた」とコメントされました。
また、新たな米政権の外交政策について、カーチック氏からは、「これほどまでに大統領としての資質に欠けた人物が当選したことはなく、トランプ氏の当選は残念で悲観している。トランプ氏は選挙キャンペーン中でTPPやNAFTAからの脱退を主張したが、他方でそれらのどの部分の機能がどのような理由で反対するのかを説明することは一度もなかった」と指摘されました。加えて同氏は、「日本国内の米軍の存在は重要であることは言うまでもなく、それが対中政策に如何に重要か、同氏は理解していない。日本は東アジアにおける安全保障の役割に関してトランプ政権を説得できるかどうかが重要だ」と主張されました。
● 質疑応答
質疑応答でも活発な質問・意見が会場から投げかけられました。例えば、中国の経済発展が鈍化しているとすれば、中国の今後の選択肢は何か、との質問がありました。津上氏からは、中国の一人っ子政策が廃止されたように今後の中国の大幅な人口増加は期待されず2020年の経済は更に厳しくなる、との回答がありました。これに対しリストール氏からは、中国は、対日・対米で全面的な軍事的な衝突は今後もないと見ているが、問題は北朝鮮だ、金正恩氏の政策は不透明で挑発的・偶発的な軍事的行動も考えられる。この時の中国の動きが、東アジア安全保障を考える上では非常に懸念する問題だ、とコメントしました。また、トランプ次期政権の人事に関する意見を求められ、カーチック氏は、国家安全保障補佐官に指名された人物は有力視されている報道もあるが、自分はキャンペーン中の彼の言動や行動にインテリジェンスを扱う人物としての資質に疑問を持っており、専ら悲観視しているとの意見を出されました。また、リストール氏は、そもそも人事全体に悲観しているので、どこかの時点で大きなスキャンダルが発生しかねない、政権は人事でのスキャンダルで4年を全うできないのではないかとさえ感じているとコメントしました。
● 懇親会
セミナー終了後は、50名以上の方が懇親会に参加されました。パネリストを囲み、セミナーでは時間の制約上できなかった質問や意見交換などが活発に行われました。冒頭の挨拶で、リストール氏は、セミナーの数日前にRIPSが主催した沖縄研修ツアーで、那覇自衛隊基地および石垣島の安全保障関係者とのインタビュー等ができたこともとても有益だったと述べられました。
今回の秋季公開セミナーは、一般会員、政府関係者、自衛隊関係者、外交・安全保障分野の有識者や実務家、在日各国大使館、ジャーナリスト、大学生など、様々な分野・職種から120以上の方が参加されました。参加された方にはこの場を借りて御礼申し上げます。次回は第17回春季公開セミナーを5月に開催する予定です。
参考情報
「中国の外交・安保政策をどう評価するか ― 東アジアにおける安全保障環境の展望と日本の役割」
日 時
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2016年12月1日(木)14:00~17:30
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時 程
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14:00~15:00【基調講演】
田中 明彦 氏(東京大学 教授)「中国の外交・安保政策をどう評価するか」
15:15~16:00【パネルディカッション】
≪司会≫ 西原 正 (平和・安全保障研究所理事長)
≪パネリスト≫
〇 ジェイムズ・カーチック氏(デイリー・ビースト紙ワシントン特派員) James Kirchick, Correspondent in Washington, D.C., The Daily Beast 〇 ヒューゴ・リストール氏(ウォール・ストリート・ジャーナル紙アジア版論説編集長) Hugo Restall, Editorial page editor, The Wall Street Journal Asia 〇 加藤 洋一 氏(元朝日新聞編集員、日本再建イニシアティブ研究主幹) 〇 津上 俊哉 氏(津上工作室代表) 〇 村井 友秀 氏(東京国際大学 教授) 17:30 終 了
17:35 懇親会
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会 場
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虎ノ門ヒルズフォーラム
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参 加 費
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無料
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