2019年12月13日、平和・安全保障研究所は、第12回関西安全保障セミナー「米中『新冷戦』と日本の選択」を大阪大学大学院国際公共政策研究科との共催、独立行政法人国際交流基金日米センターの助成、大阪防衛協会、株式会社インターグループの協賛により、大阪大学中之島センター佐治敬三メモリアルホールにて実施しました。
本セミナーでは、まず吉崎達彦氏(株式会社双日総合研究所チーフエコノミスト)が「米中『新冷戦』と日本の選択」と題した基調講演を行った。講演の中で吉崎氏は、まず米中の貿易戦争の米国経済への影響を分析した。吉崎氏による米国の高関税政策はマクロ経済で見ると米国経済への影響は軽微であるとした。むしろ、高関税政策は米国のミクロ経済への影響が懸念されると論じた。そして、具体的なミクロ経済への影響として、吉崎氏は貿易量の減少に伴う経済の縮小、国内物価の上昇による可処分所得の減少、サプライチェーンの阻害、予見可能性の低下による企業や投資家の決断の先送りなどを挙げた。
つぎに、吉崎氏は米中「新冷戦」を米国の国内政治、政策コミュニティーの観点から分析した。まず、吉崎氏は米国で「中国叩き」をしている勢力は、4つに分類できるとするアーサー・クローバー氏の分析を紹介した。第1の勢力は、トランプ大統領を中心とする支持者にタフな姿勢を見せたいという勢力である(Trump)。2番目が、ペンタゴン(国防総省)を中心とする米国の軍事的・技術的な優位の維持を目指す勢力である(Defense Hawks)。そして、3つ目が、ライトハイザー通商代表ら米中経済を「デカップル(切り離し)」したいと考える人々である(Trade Warriors)。最後の4番目の勢力は、ビジネス界出身のムニューシン財務長官やクドロー国家経済会議議長を中心とする穏健派の人々である。これら4つの勢力に加えて、吉崎氏は5番目の勢力として、ペンス副大統領に代表される「宗教右派(Religious Rights)」も対中強硬派の一部といえるのではないかという見方を示した。そして、宗教右派の人たちは中国による人権や信仰の自由の侵害や中国政府による監視体制などを問題視していると指摘した。吉崎氏は、こうした5つの勢力の連合が現在の米国の対中強硬政策を担っているとした。
一方、これまで米国の対中政策を担ってきたとされる人々の影響力はどうなってしまったのか。吉崎氏は、オバマ政権下で対中政策を担った外交官や長年中国を観察してきた中国ウォッチャーらは現在、苦しい立場に立たされていると論じた。吉崎氏は、「彼らは『いままであなたたちに任せてきたからこうなったのではないか』という懐疑の目を向けられている」と指摘した。
こうした米中貿易戦争の現状及び米国の国内政治情勢を踏まえて、吉崎氏は日本の取るべき選択として、「ジャパン・ファースト(Japan First)」を挙げた。そして、今後、特に重要となるのが「エコノミック・ステイトクラフト」であると指摘した。吉崎は、「(エコノミック・ステイトクラフトを)経済政策を使って、相手に言うことを聞かせる、国益を追求するということ」と定義し、米中の経済摩擦はこのエコノミック・ステイトクラフトの側面を持つと論じた。
吉崎氏は、日本もエコノミック・ステイトクラフトをすでに韓国に対して行っていると指摘した。吉崎氏は、「韓国がGSOMIAという無理な反撃をしてきたため、国際社会が日本を見る目が緩やかになったと指摘し、韓国側の無理な反撃がなかったら日本は果たしてどうなっていたか。結構日本の立場は苦しかったのではないか」という見方を示した。そして、吉崎氏は最後にエコノミック・ステイトクラフトが用いられる機会が今後、増えるかもしれないと指摘した。
吉崎氏の基調講演の後、中内政貴氏(大阪大学准教授)司会の下、村田晃嗣氏(同志社大学教授)と小原凡司氏(笹川平和財団上席研究員)を加えてパネルディスカッションを行なった。 パネルディスカッションでは、まず村田氏が現在の米中対立の根底には科学技術をめぐる米中間の争いがあると指摘した。特に、情報科学と生命科学における技術の進展に注目する必要があるとした。そして、ビッグ・データの収集などは情報科学分野で重要であるが、データの収集は民主主義国よりも中国のような人口規模の大きな非民主主義国の方がやりやすいため、この分野では中国が有利となる可能性があると指摘した。さらに、「情報科学と生命科学の融合することによって、大きなパラダイムの変化が起こる可能性があり、米国はこれを恐れている」と指摘した。また現在、世界規模でポピュリズムが蔓延している背景には、「所得格差」が再生医療やデザイン・ベイビーのような生殖技術などへのアクセスの差を生み、それが寿命や人間の能力などの「人間の格差」につながることへの漠然とした不安が人々の中にあるからではないかと指摘した。
一方、村田氏は中国も将来に関する不安要素を抱えていると指摘した。中国は日本と同様人口減少という問題を抱えており、すでに中国では15歳から65歳までの生産年齢人口が減少に転じている。2030年には、人口規模で中国はインドに抜かれると予測されているが、そのころから中国では人口減少が始まると見込まれている。人口減少、少子高齢化、格差の拡大、資源の枯渇、環境問題の悪化など一つだけでも国家を揺るがすような課題に同時に直面しようとしている。村田氏は、これを「中国が最も強くなった時に、中国は最も脆弱になる」と表現した。そして、村田氏は、「中国は人口減少の前に科学技術分野で革新を起こし、人口減少を補って余りある力を持てるのか」という点が今後の中国の運命を決定するだろうと指摘した。
つづいて、小原氏は中国の観点から報告を行った。小原氏は、中国の「軍民融合」について取り上げた。これはトランプが情報漏洩の懸念を理由にファーウェイやZTEの製品を使うことを禁じたことで注目されるようになった。米国の動きは民間が入手した情報が中国軍に流れることを懸念したものであるが、小原氏は「中国における『軍民融合』はより広い意味を持つ」と指摘した。中国政府は中国の国内企業に対して「国防協定」の締結を求め、その協定には国防部あるいは中国共産党が求めた場合、企業がビジネスで得た情報はすべて提供しなければならないという内容が含まれているという。こうした中国の特徴を小原氏は、「民間の活動であっても、軍の活動であっても、これらは全て共産党の管理下にあると言えるだろう」と表現した。また小原氏は、中国は米国内での世論工作も活発に行うようになったと指摘し、孔子学院の設置やCCTVアメリカの設立などを例として挙げた。 こうした中国の動きに対して、米国は2018年以降、経済や安全保障の分野で対抗的な措置を取るようになったと小原氏は指摘した。具体例として、小原氏は知的財産の侵害を理由とした中国の世界貿易機関への提訴、中国とロシアを修正主義国家として位置付けた国防文書の発表などを挙げた。
この後、登壇者全員で米中対立の今後の展望や日本外交への影響などについて活発な議論が行われた。今回の関西安全保障セミナーは、研究者や学生、安全保障に関心を持つ一般の方など約80名の参加者を得ることができた。
日 時
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2019年12月13日(金)14:00 - 17:00(受付13時30から)
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プログラム
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14:00 開会の挨拶 中内 政貴(大阪大学准教授)
14:10~15:00【基調講演】
「米中『新冷戦』と日本の選択」
吉崎 達彦(株式会社双日総合研究所チーフエコノミスト)
15:00~15:15【休憩】
15:15~16:55【パネルディスカッション】
≪司会≫ 中内 政貴
≪コメント≫吉崎 達彦
≪パネリスト≫
〇 村田晃嗣(同志社大学教授) 〇 小原凡司(笹川平和財団上席研究員) 質疑応答
16:55 閉会の挨拶 西原 正(平和・安全保障研究所理事長)
17:00 終 了
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会 場
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大阪大学中之島センター10階 佐治敬三メモリアルホール
アクセス:https://www.onc.osaka-u.ac.jp/others/map//
京阪中之島線 中之島駅より 徒歩約5分、JR東西線・阪神本線 新福島駅より 徒歩約9分
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参 加 費
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無 料
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懇 親 会
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【会場】:2階カフェテリア スコラ 17:15~19:00
【一般】:4,000円 / 【学生】:2,000円
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主 催
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大阪大学大学院国際公共政策研究科
一般財団法人平和・安全保障研究所
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助 成
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国際交流基金日米センター
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協 賛
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大阪防衛協会、株式会社インターグループ
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お問い合わせ
一般財団法人 平和・安全保障研究所
公開セミナー担当
【TEL】03-3560-3293 (平日10:00~17:00) 【E-mail】rips-info@rips.or.jp