冷戦期も冷戦後も、アジア太平洋では、米国と日本・韓国・フィリピン・タイ・オーストラリアが別個に同盟を結ぶハブアンドスポーク型の同盟システムが地域の平和と安定の基礎をなしてきた。このシステムでは、スポーク同士の関係は希薄であり、日本も米国以外との国々との安全保障協力には及び腰だった。だが、平和構築、海賊対処、災害救援等の「新しい安全保障」への対応、米国の国防費の大幅削減に伴うバードンシェアリング見直しの必要性、中国の将来の不確実性等を考えれば、従来の同盟システムを維持するだけでは十分ではない。米国との強固な同盟関係を基幹的ネットワークとしながらも、米国の同盟国・友好国相互のあるいは米国を含む形での直接的な協力関係が折り重なる、ネットワーク型の同盟システムへの進化をはかっていく必要がある。
現実に、近年米国の同盟相手国間の安全保障協力の機運は高まっている。2007年の「安全保障協力に関する日豪共同宣言」以降、ACSA締結など、日豪の安保協力は着実に深化している。日韓でも2009年に防衛分野初の合意文書が署名された。昨年9月の日比首脳会談は、次官級協議の戦略協議格上げや海上防衛での定期協議開催で合意した。米国とともにNATOの一員であるカナダや、同盟国ではないが米国から次世代安全保障パートナーと期待されているインドとも安保協力に関する共同宣言を発表し、海上安全保障などで協力拡大を確認している。韓豪、韓印、豪印でも同様の動きがある。
スポーク間の協力深化と並行して、米国を加えたトライラテラル協力も進んでいる。2011年6月の日米2+2共同発表は、日米豪・日米韓の安保協力、日米印の対話を推進するとし、「地域において共通の価値を共有する諸国と安全保障及び防衛協力を促進する」意義を強調した。
こうした動きは、安全保障課題への対処アプローチの変質を反映したものである。「新しい安全保障」分野では、有志諸国によるアドホックなコアリションでの対処が通例だが、確立された手順がなく相互運用性が低い状態で迅速に効果的な共同作戦を行うことは難しい。日常的に軍事協力を行っている同盟がしばしばコアリションの核になるのはそのためだが、協働相手は同盟国とは限らない。同盟関係にはないがコアリション・パートナーとなりうる国々が平時から共同対処能力を高め、互いの意図や能力への信頼を築いていることが望ましく、基本的な利害や価値、米国との同盟関係を共有する国々がその方向に進むことは合理的である。
台頭する中国への懸念も、スポーク間協力の促進材料である。米国の識者には、中国の軍事的脅威への共同対処を同盟ネットワーク化の主眼とする向きもある。だが、米国の同盟相手国が中国を念頭に相互の防衛にコミットするとは当面考えにくい。中国との経済関係が深まる中、明示的な中国包囲網を求める国は稀だろう。対中防衛では、地域諸国自らの防衛力の強化と米国の地域関与の更新があくまで基本になる。
ネットワーク型同盟システムがまず目指すべきは、スポーク間で「新しい安全保障」対処の実効性を高めつつ、中国を過度に挑発せず、しかし中国の対外行動が一層攻撃的になった際のヘッジとなる施策を展開することである。具体的には、戦略協議の制度化、「新しい安全保障」分野での演習や運用手順の標準化等を通じた相互運用性向上、GSOMIA締結、装備協力やISRの共有などが考えられる。それは米国の負担感を緩和し、その地域関与を確実にする上でも必要である。米軍が分散配置される傾向にある中、その効果的運用についての調整を関係諸国+米国で行うことも一案だろう。対北朝鮮で緊密な協働が必要だが政治的な事情で十分進展していない日韓(+米)の協力も、地域の同盟システムの中に位置づけてようやく前進できるのではないか。
アジア太平洋地域では、主要国の競争と協力、国家間の伝統的安全保障と新しい安全保障とが並存している。こうした複層的環境に同盟システムを適合させるビジョンを日本が構想し、実行することが今まさに必要だろう。
2012.03.02