NATO(北大西洋条約機構)は2010年に、冷戦後三度目となる戦略概念を発表した。その最大の眼目は、NATOの主要任務を、集団防衛、危機管理、協調的安全保障の三つと規定したことにあった。つまりNATOは、本来任務である集団防衛を堅持しながらも、コソボやアフガンのような域外の危機管理任務を担い、同時にそうした任務を促進し、かつ地域の安定を確保するためにも、域外の国々と協調的パートナーシップを積極的に推進するというのである。このように任務が多様化した21世紀のNATOは、まさに“ハイブリッド同盟”への変革を志向しているといえよう。しかしここには、少なくとも二つの克服すべき課題がある。
第一に、加盟国の思惑の違いである。NATO加盟の28ヵ国のうち、冷戦後にメンバーとなった10ヵ国以上にのぼる新規加盟国は、域外の任務に比して、集団防衛が軽視されていると感じている。これら新規加盟国にとって集団防衛の問題は、決して長期的な課題ではなく、とりわけ2008年夏のグルジア紛争以降は、より切迫した問題としてとらえられている。2004年3月以降、NATOは英、独、蘭などの加盟国空軍が4ヶ月毎のローテーションによりバルト空域監視飛行任務を行っているが、この作戦の終了を求める西欧諸国に対して、バルト三国が引きつづき延長要請を行っていることは、そのことをよく物語っている。
第二に、欧州を覆う緊縮財政とそれにともなう米欧負担格差の問題である。集団防衛にせよ、危機管理にせよ、能力の近代化が不可欠である。ところがそうした近代化に必要な欧州NATO加盟国の軍事費は、冷戦後、減少し続けるか、よくても低迷している。欧州加盟国の軍事費はGDP比で平均1.6%程度以下であるのに対して、米国は4%以上というアンバランスが生じており、結果的に2001年には米国が全NATO加盟国の軍事支出の約63%を占めていたのが、2011年になると約77%へ上昇するなど、米欧の負担格差是正は容易ではないのが現状である。
加盟国の思惑の違い、予算の低迷という状況を象徴的に示しているのが、集団防衛対応も可能で、かつ遠方への緊急展開による危機管理対処も可能な部隊として、華々しくデビューしたNATO即応部隊(NATO Response Force)の混迷ぶりである。“ハイブリッド同盟”の新戦力として創設されたNATO即応部隊は、2006年に展開可能と宣言されたものの、実際には兵力の充足率は2011年になっても60%台にとどまっている。
こうした状況に対してラスムセンNATO事務総長は、2011年より、能力整備に関する新たなコンセプトとして、「スマート・ディフェンス(Smart Defence)」を提唱している。これは、合理的なコストにより軍事力の有用性を最大化するため、優先順位を明確化した上で、共同で軍事能力を開発・展開・運用することとされており、キーワードは、「共同出資」と「共同運用」である。さらにラスムセン事務総長は、2012年2月のミュンヘン安全保障会議において、「コネクテッド・フォース(Connected Forces)」構想を提唱した。それによると、「スマート・ディフェンスは軍事能力を獲得するものであり、コネクテッド・フォースは、それらの能力を、よりスムーズかつ効果的に運用できるようにするものである」ということで、そのために同事務総長は、NATO加盟各国が訓練・教育、演習、テクノロジーの活用といった領域で、一層協力を強化すべきだと指摘していた。このコンセプトによると、例えば、装備の相互運用性を高め、異なる航空機のミサイルを相互に交換可能とすることで、同盟が合同で任務を遂行する場合に「プラグ・アンド・プレイ」が容易になるというのである。
国際平和活動への支援を積極的に行いつつ、他方で集団防衛へのこだわりの残る地域をも安心させようとする“ハイブリッド同盟”NATOのこうした挑戦は、冷戦後の「同盟」のあり方に重要な示唆を孕んでおり、日本にとっても決して無縁ではない。今後の東アジアの安全保障環境をみれば、集団防衛への備えを提唱するだけでは時代遅れになりかねず、さりとて平和構築に専念すればよいというほど楽観はできない。そうしたなかで、“ハイブリッド同盟”の東アジアへの適用は可能なのか、はたして機能するのか、機能するとしたらそれはどこまで「同盟」なのか、考える材料は多いように思われる。
2012.12.04