「選挙戦での大統領の言動はレトリックでしかなく、彼は必ず現実回帰する」といった当初の主流メディアの予想を余所に、ドナルド・トランプは大統領に就任してからわずか半年の間に、TPPとパリ協定からの離脱、さらには中東・アフリカの一部諸国からの入国禁止令等、選挙戦で訴えた「有権者との契約」の実現に向けて果敢に行動している。その証左として、トランプは大統領令を頻発し、その数は就任から100日経過した時点で32本に達し、記録を更新した。他方、医療保険制度改革の改定作業が示すように、連邦議会の協力なくして進められない案件では成果が実に乏しいのがトランプ政権の実情だ。にもかかわらず、トランプ支持者はその責任を民主党やメディアに転嫁し、今なお大統領を擁護する。
では、米大統領の従来の行動規範を一変させたトランプの今後の対日政策はいかに。まだ大統領候補でしかなかったトランプを、ニューヨークの邸宅までわざわざ赴いて表敬した安倍首相は早い段階でトランプの懐に入り込み、それもあって政権発足直後の日米関係は順調な滑り出しを見せた。とはいえ、米ビジネス界では「ノーフリーランチ(タダ飯はなし)」という言葉がある。これを現在の安全保障情勢に当てはめれば、日米同盟を維持する代償に米国が何らかの経済的な見返りを日本に要求する状況は十分あり得る。二国間交渉を好み、レバレッジの駆使はビジネスの常套手段だと豪語するトランプだからこそ、油断はさらに禁物である。
トランプの就任直後、日米同盟を重視する軍人が複数政権入りしたことで両国関係は盤石だとの見解が大勢を占めた。しかし、こうした同盟の理解者らの存在だけをもって安堵するのは誤謬だ。なぜなら、ロバート・ライトハイザー米通商部代表などによって象徴されるいわゆる「エコノミック・ナショナリスト」たちの就任はかなり遅れ、彼らの影響力が感じられてくるのはこれからだ。ライトハイザーらは、トランプの支持者層には響かぬ「日米同盟」ではなく、国内政治上の果実が豊富な「経済問題」の追求に使命感を抱いている。その結果、日々緊張感が増す北東アジア情勢をテコに、「我々は日本を守ろう。だが、それと引き替えにより多くの米国製品を日本に買ってもらう」と、日本の安全保障と米国の経済的利益をリンクさせてくる可能性も十分に想定できよう。少数によって当選し、現在も少数にしか支持されていないトランプにとって、何も生まない安全保障よりも雇用を生む経済問題を優先させた方がはるかに賢い選択なのは、言うまでもない。
米国が経済問題について中国からも一定の譲歩を引き出している事実も看過してはならない。常識的に考えれば、安全保障を米国に依存している日本の立場はより弱く、同国に対する要求拒否は困難を伴う。さらに、日本にとって好ましくないのは、対米貿易黒字が増加する中での米冷凍肉に対するセーフガードの発動だ。トランプがこれを座視するとは考えにくく、今後の日米経済交渉において米政府が極めて厳しい態度で臨むのは必至である。こうした中、国防省は目下の北東アジアの安全保障情勢を鑑み、以前よりも多くの共同オペレーションや合同軍事演習への参加を自衛隊に求めかねず、これによって日本の財政事情はますます逼迫しかねない。
つい数週間前まで盤石に見えた安倍政権だったが、総理の足下は揺らぎ始めている。くわえて、北朝鮮による大陸間弾道ミサイルの量産化、党大会後に強硬な姿勢に打って出る中国、および同盟を盾に経済的代償を求める米国等々、国内情勢のみならず、国外情勢においても厳しい状況が日本政府を待ち受けている。だが、これに悲嘆せず、国家のあり方、さらに国民のメンタリティをパラダイムシフトさせるまたとない機会として捉え、行動すれば苦難は乗り越えられる。日本に求められるのは「責任ある大国」としての意識を萌芽させ、開かれた自己利益を礎とした外交を能動的に展開させながら、安全保障においても覚醒したリアリズムを涵養させることだ。時代の変化に適切に対応できる前向きな姿勢を示すことによってこそ、日本の明るい将来は切り拓かれるのである。
2017.08.02