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論評・出版 COMMENTARIES

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新型コロナウイルス禍と日本の安全保障課題

 

 

 

森聡
(法政大学法学部教授)

 

 世界中を席巻した新型コロナウイルスは、「歴史を加速させる」と方々でいわれており、米中関係のさらなる悪化を指摘する向きが多い。中国が初動で感染爆発の事実を隠蔽しようとしたことへの諸外国の反発や不信感が根強いだけではない。中国がいわゆる「マスク外交」を繰り広げる一方で、南シナ海や東シナ海では一方的な行動を活発化させ、国際機関や諸外国を相手にプロパガンダ戦を展開して対中批判を攻撃的な手法で封じようとし、コロナ禍による経済的混乱に乗じて各国で企業買収に乗り出そうとしたりして、各国の警戒心を呼んでいる。さらに香港国家安全法の制定は、諸外国からさらなる反発を招きそうである。諸外国が対中不信を深めていくという流れが加速していくとすれば、日本はどのような取り組みを展開すべきなのだろうか。

 第一に、日本はサプライチェーン・リスクを検証し、そこに存在するリスクを低減させるための企業努力をできるだけ支援すべきであろう。日本企業が中国で操業することには、様々なリスクが付きまとってくる事実を直視しなければならない。コロナ禍のさなかでも、中国は尖閣諸島の領海内に侵入して日本漁船を追い回したり、長時間居座るような行動に出ており、不測の事態が起きれば、中国当局は日本企業その他に圧力をかける恐れもある。すでに日本政府は、中国などにおける高付加価値製品の生産拠点を日本に回帰させたり、東南アジアなど第三国に多元化させる動きを支援すべく、緊急経済対策の一環として総額2,435億円を2020年度補正予算案に盛り込んでいる。移転は企業の自主判断に委ねつつも、こうした移転支援は一時的なものとせず、恒久化していくべきであろう。

 第二に、日本はG7による経済再生プログラムを主導すべきである。そしてその主眼を米国経済の再活性化に置くべきである。米国経済はコロナ禍で大打撃を受けており、連邦議会は次々と大型の支援策を打ち出している。こうした国内対策が続けば、若干の時間差を置いて、米国では「銃かバターか」ないし「銃よりもバター」という議論が先鋭化していく可能性があるが、それがインド太平洋地域における米国の対中バランシングの意思と能力を揺るがすような状況はできるだけ避けなければならない。この関連で、ホワイトハウスが日本政府に対して駐留米軍経費の極端な負担増を求めていると伝えられているが、その丸呑みは無理であるにせよ、対米支援のつもりで、思い切った負担増を引き受け、本来の経費を超える支出が日米同盟の強化に活かされるような仕組みを国防省や国務省と協力して作り上げるべきである。協議が決裂して大統領が物議を醸す発言をすれば、日米同盟の信頼性が揺らぎ、それは日本のみならず、地域全体の安全保障を揺るがしかねないことを強く意識して対応すべきであろう。

 第三に、日本は防衛努力と地域的な安全保障協力を強化すべきである。確かに日本自身もコロナ禍によって経済的打撃を被っているが、地域の安定なくして経済発展はありえない。だからこそ日本は新たな戦略環境に照らして専守防衛の中身を随時適切に見直し、日本が防衛費を増額して自衛隊の革新を加速するとともに、海洋安全保障からインフラ投融資、次世代デジタル・インフラ構築、多国間貿易に至るまで、多様な政策課題に取り組むための地域協力ネットワークの形成を大胆に主導していくべきである。

 上記の取り組みには様々な制約があるのは事実であるが、先送りすれば、中国の力に屈さざるを得ないような状況が加速しながら迫ってくるということを忘れるべきではない。今こそ政治指導者は、日本国民の目を外に向けさせ、日本が中国にどう向き合っていくべきかを明確な言葉で国民に語りかけるべきではないだろうか。

森聡

もり・さとる 法政大学法学部教授。1995年京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科修士課程及び米コロンビア大学ロースクールLL.M.課程修了。外務省を経て、2008年に法政大学法学部准教授に着任。2010年より現職。米プリンストン大学(2014-2015)及びジョージワシントン大学(2013-2015)に客員研究員として在籍。単著に『ヴェトナム戦争と同盟外交―英仏の外交とアメリカの選択、1964-1968年』、東京大学出版会、2009年。2015年中曽根康弘賞奨励賞受賞。