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論評・出版 COMMENTARIES

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「米国の後退」論争に見る情報操作の危険

 

 

 

石川卓
(防衛大学校国際関係学科教授)

 

 オバマ政権期に広く懸念されるようになった「米国の後退」は、トランプ政権下でも引き継がれ、時に加速化するものと見られてきた。特に中東での「馬鹿げた終わりのない戦争」からの脱却は、トランプの宿願と考えられてきた。それは、ますます分裂を強める米国政治において、例外的に超党派の支持を受ける課題でもある。他方で、2度にわたりトランプが唐突に表明した在シリア米軍の撤退・縮小案は、その都度政権内や議会との間に深刻な軋轢を惹起してきた。またイラン核合意離脱以降の経緯に象徴されるように、米国自らが情勢を不安定化させ、いわばマッチポンプ的に米軍の増派が実施されることもあった。

 このような状況を受けて、在外米軍の撤退傾向に対する警戒・批判が引き続き見られる一方で、「米国の後退」を疑う向きも出始めている。この錯綜的な状況を助長していると考えられるのが、米国防省の国防マンパワー・データ・センター(DMDC)が季刊で発表している海外駐留兵力数である。通時性・体系性で他に匹敵するものはなく、きわめて便利に使われるデータである。

 DMDCのデータは、2011年末の在イラク米軍の撤退完了以降、中東・湾岸諸国における米軍の縮小が時に急速に進んできたことを示しており、しばしば、これを根拠に「中東からの撤退」やアジアへの「リバランス」の進展が論じられてきた。たとえば、米空軍の主要拠点のあるカタールには、イラク撤退完了直前の20119月には11182人の現役兵力がいたが、最新の1912月の数値は560人となっている。ところが、19年になっても米中央軍司令官や国務長官が同国には1万人以上の兵力が駐留していると述べており、報道や英国の『ミリタリー・バランス』でも同様の数値が示されている。また、191月には同国最大の拠点であるアルウデイド米空軍基地の大幅拡張も決まっている。そもそもアルウデイド規模の基地を500人程度の兵力で稼働できるはずもない。この乖離は何なのか。

 実は、DMDC201712月から数え方を変更している。臨時任務または有事対応支援に従事する兵力数を除外することにしたのである。この変更で、海外駐留兵力の総数が同年9月比で5万人以上の減となり、うち1万人以上が中東地域での減とされた。カタールは約9分の1、クウェートは約4分の1、アラブ首長国連邦は約3分の1へと数値は急降下している。また、179月時点で、それぞれ13329人、7402人、1547人の米兵がいたとされるアフガニスタン、イラク、シリアへの展開兵力数は、1712月から突如非公開とされた。

 なぜ数え方を変えたのかは判然としない。むしろ20178月末には、アフガンへの派遣兵力数に関し、180日未満の臨時任務従事者を除くという方針が見直され、イラク、シリアも含め、数値は急上昇したばかりであった。忖度なのか指示なのか、トランプの戦争脱却方針が実行されているように見せるためという側面もあったのかもしれないが、そのわりには前述のように情報統制は徹底されていない。鵜呑みにする敵対勢力もいないであろうが、駐留兵力を20分の1にまで小さく見せることは、抑止のためのシグナリングという観点からも理解しがたい。変更前の数値の意味さえ分からなくなるほどであるが、米軍のグローバルな展開を論じる根拠としてDMDCのデータは要注意になっていることは間違いない。

 中央軍司令官による議会への年次態勢報告は、2020年から大幅に短縮され、各国別の展開兵力数への言及も皆無になった。02年の配備決定後にミサイル防衛関連の情報公開が厳しく制限されたことがあったが、選挙年に入り、より能動的な情報操作が政府機関の端々にまで浸透してきたのだとすれば遺憾としかいいようがない。公正な情報提供に努めるべき官僚機構までが「再選ファースト」一色になっているならば悲哀すら感じるが、身近にも見られることであり、われわれ研究者もミスリーディングな情報の「拡散源」にならないよう、いっそう注意する必要があろう。

 

石川卓

いしかわ・たく 防衛大学校国際関係学科教授。1992上智大学法学部卒。1998年一橋大学法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。東洋英和女学院大学講師・准教授、防衛大学校准教授などを経て、現職。専門は、国政政治学、安全保障論、アメリカ外交。平和・安全保障研究所安全保障研究奨学プログラム第8期生(1996~98年)。