川口智恵
(東洋大学グローバルイノベーション学研究センター客員研究員)
南スーダンへの自衛隊部隊派遣が終わり、注目を浴びた日本型3D(外交、開発、防衛部門の協力)が話題に上がることも少なくなった。次の部隊派遣が見込めない中、日本型3Dは一過性のものになろうとしている。日本型3Dから得たものは何だったのか。そして、人道危機を抱えた平和構築支援に日本はどう取り組むべきかについて考えてみたい。
日本の3Dとは、外務省、国際協力機構(JICA)、防衛省・自衛隊の三者の協力を差す。国連南スーダン派遣団(UNMISS)に自衛隊施設部隊が派遣されたことをきっかけに、「オールジャパン」のかけ声の下、3Dの協力によって、ナバリ地区道路整備や浄水場整地などのインフラプロジェクトが実施された。この事例は、JICAと防衛省・自衛隊の協力、いわゆる「開発と安全保障の連携(Development and Security Nexus)」が初めて実現したという点に特徴がある。インフラに強みをもつ2つの組織が協力することで、当時UNMISSのマンデートであった「国造り」に貢献することができた。この方式は、国内外における日本の平和構築支援の評価を高めながら、現地の人びとの生活に裨益するという、効果の高い外交ツールとなった。
しかし、南スーダンでは2013年12月の騒乱後、UNMISSのマンデートが「文民保護」に変更され、開発よりも人道ベースの貢献が求められるようになった。また、治安悪化の原因となっている南スーダン政府内の権力闘争を解決するためには、平和構築を推し進める政治の役割が重要になっている。一時避難していたJICA事務所は再開されたが、2017年5月に自衛隊派遣部隊は撤退した。このような状況下で、日本の平和構築支援には何ができるのだろうか。
治安が安定せず、人道危機が長期化するなかで平和構築を推し進めなければならないという事態は、南スーダンだけではない。シリア、イエメン、イラク、アフガニスタンといった国々も同様の事態にある。こうした状況を踏まえて、「人道、開発、平和構築のトリプルネクサス(Triple nexus)」が叫ばれるようになった。3DやDevelopment and Security Nexusと比べると、文民アクター間の協力を想定している点に違いがある。人道、開発、平和構築に関わる様々なアクターは、組織文化、資金やプロジェクト実施など援助の仕組みの違いが大きく、縦割り主義に陥りがちであり、協力が難しいという課題が長年指摘されてきた。しかし、強制移動を強いられた人びとの数が急激に増加し、避難生活の長期化が予想される中で、3つの分野が垣根を越えて補完し合う新しい協力形態が求められるようになっているのである。
日本政府内には、紛争起因の人道支援を専門的に扱う組織が存在しない。日本の人道支援を担ってきたのは、外務省による人道NGOや国際機関への資金援助と日本の人道NGOであった。近年、難民受入れ国への援助を通じて、難民支援を始めたJICAもこの一端を担っているといえよう。これらのアクターは、開発援助や平和構築も行なっている。つまり、日本のトリプルネクサスは、外務省、JICA、NGOによって担われるのである。
それでは日本のトリプルネクサスで、どのような分野に貢献することができるのだろうか。
人道危機が長引く紛争影響国に対し、インフラ分野で貢献することは、一見難しい課題にみえる。しかし、日本国内での度重なる災害支援によって、避難所、学校、病院、水道など、インフラの復旧・復興を行なってきた日本にとってその経験を活かすことが出来る分野だ。南スーダンという紛争影響国での経験もある。日本外交の重要な指針である人間の安全保障は、被災者を中心に据えたインフラ支援の指針となるだろう。南スーダンにおける3D事例の教訓は、単なるアクター間の協力だけではなく、平和構築支援において日本の得意分野を活かしたプロジェクトを実施し、更なる効果を発揮するという経験でもあった。3Dの経験を踏まえ、人間の安全保障を重視したインフラ分野への貢献をトリプルネクサスで実践していくことを通じて、日本の平和構築支援がさらに進化することを期待したい。
川口智恵
かわぐち・ちぐみ 博士(国際公共政策)。内閣府国際協力本部事務局研究員、防衛大学校総合安全保障研究科特別研究員、外務省総合外交政策局平和協力室調査員、JICA研究所研究員などとして勤務。最近の共著書に、Crisis Management Beyond the Humanitarian-Development Nexus, Routledge, 2018がある。平和・安全保障研究所安全保障研究奨学プログラム第15期生。