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「風雲急を告げるイランの核問題とJCPOA」浅田正彦(京都大学教授)

「風雲急を告げるイランの核問題とJCPOA」

浅田正彦

 

 イランの核問題が大きく、しかも複雑に動いている。イランは、20028月の反政府組織による未申告の核施設建設の告発を契機として、北朝鮮と共に核不拡散体制上最も危険な問題児として注目されることとなった。その後E/EU+3(英独仏EU米ロ中)の努力もあって、20157月には、包括的共同作業計画(JCPOA)が合意されるに至り、イランの核活動に一定の制限が課せられると共に、それと引き換えに米国・EUは制裁を適用停止・終了し、国連制裁も安保理決議により併せて終了させることになった。JCPOAは法的拘束力のない措置であるが、国連制裁との関係で20157月に安保理決議2231の法的拘束力ある制度に組み込まれることになった。

 その後米国は、トランプ政権の下で対イラン政策を大きく転換し、20185月にはJCPOAからの離脱を表明して、対イラン制裁を復活させた。イランと欧州諸国はその後もJCPOAに留まり、米国による制裁復活の影響が最小限に留まるよう、20191月にはドルを介さずにイランと貿易ができる「貿易取引支援機構(INSTEX)」を創設した。しかし、その対象は食料・医薬品などが中心で、イランの国家歳入の4割を占めるといわれる原油等をカバーしておらず、イランの満足にはほど遠いものであった。イランは、今後も改善は見込めないと判断して、7月にJCPOAの定める上限(六フッ化ウラン300kg、濃縮度3.67%)を超える核活動(=JCPOA違反)に踏み切った(それぞれ1日と8日にIAEAが確認)。

 JCPOAの紛争解決手続(36-37項)によれば、違反問題は「JCPOA参加者」によって「合同委員会」(JCPOA参加者で構成)に付託されるが、合同委員会が解決できない場合、決議2231に従い「JCPOA参加国」は問題を安保理に持ち込むことができる。安保理で「国連制裁の解除を継続する」旨の決議案が採択されない場合には、国連制裁が自動的に復活するものとされる(いわゆるスナップバック)。そうした決議の不採択(国連制裁の復活)のためには拒否権を行使すればよく、要するに米国一国による付託・拒否権で国連制裁が復活できるという仕組みになっていた。

 しかし、米国はJCPOAを離脱しているので、イランによる違反を合同委員会に付託することも、スナップバックのために安保理に付託することもできない。スナップバック以外の方法で決議2231による国連制裁の解除を終了する(制裁の復活)には、新たな安保理決議の採択が必要であるが、米国以外の4常任理事国のすべてが賛成するようには思えない。こうして現在は、JCPOAの主要参加者である欧州諸国が動かない限り小康状態が続くという状況にあるのである。

 筆者は核不拡散の重要性を誰よりも強く信じているが、さすがに今回ばかりはイランに同情せざるを得ない。法的に厳密にいえば、条約ではないJCPOAから離脱することは違法でも何でもない。しかし、約束を守らないものは信用されないという国際社会の基本的な規範は、大国についても妥当するのであり、そうした規範が損なわれつつあることには大きな懸念を抱かざるを得ない。トランプ大統領がオバマ前大統領の成果を潰したいという個人的な理由だけでこうした行動をとっているとすれば、論外であろう。

 また核不拡散の観点からは、イランが公然とNPTからの脱退の可能性に言及している(20194月末のザリフ外相発言)中でJCPOAを崩壊させようとする行動は、JCPOAがミサイルをカバーしていないとか、JCPOA15年という期限が経過した後にイランは自由になるといった批判を考慮してもなお、愚策との誹りを免れないであろう。JCPOAは、NPTが濃縮・再処理活動をそのものに関しては何ら禁止制限していない中で、イランによるそれらの活動に重大な制限を課したのであり、核兵器開発を疑われていた同国がこうした制限を受け入れたということは、核不拡散上きわめて大きな成果といえるのであって、欧州諸国は最大限の努力をもってJCPOAを護るべきである。

浅田正彦

あさだ・まさひこ 京都大学法学部卒。現在、国際法学会代表理事。外務省専門調査員、オックスフォード大学客員研究員、岡山大学教授を経て現職。国連安保理北朝鮮制裁専門家パネル委員、検証に関する国連事務総長諮問委員会委員、原子力委員会専門委員、産業構造審議会臨時委員、OPCW理事会日本代表団随員などを歴任。