「東アジアの国際関係と日本のソフトパワー外交」
勝間田弘
日本は東アジアで、いかなる外交を展開していくべきなのか。とくに中国と韓国に対しては、どのような外交戦略を強化していくべきなのだろうか。日本の外交戦略を考えるにあたり、まずは、日中韓の関係が今後どうなるのか予測してみたい。端的に述べるなら、日中韓の関係は悪化の一途をたどると予想できる。
今日のグローバル社会では、国際協調を嫌う排他的な動きが目立っている。象徴的な動きの一つは、トランプ政権の政策であろう。この政権は、移民を制限したり経済協定を反故にしたりといった、グローバル社会に背を向けるような政策を、次々と実行している。もう一つ象徴的なのは、英国のEU離脱であろう。欧州内外から大量の人や物が押し寄せるという現状を嫌い、この国は、EUからの離脱に向けた準備を着々と進めている。
このようなグローバルな潮流に則り、日中韓それぞれの国でも、国際協調を嫌う排他的な傾向が顕著になっている。まず、市民レベルでは、相手国に対する反感が高まっている。日本国内に反中・反韓の言説が蔓延しているのと同様に、中国や韓国では、反日感情がピークに達している。北東アジア全体で、市民の交流を通じて相互理解を深めていくための取り組みが、不足しているのである。
加えて、経済領域では、日中が互いに牽制しあっている。両国ともに、長期的な相互利益を追求するよりも、短期的な視野で一方的な利益に固執し、東アジア経済秩序の強化に向けた連携から遠ざかっているのである。たとえば途上国の経済開発に関しては、日本はアジア開発銀行(ADB)を重視しているのに対して、中国は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立して独自の路線を歩んでいる。
以上のように、国際協調を嫌うグローバルな潮流に則り、日中韓とも排他的になっているのであれば、今後の展望には悲観的にならざるをえない。では、中国や韓国との関係を少しでも友好的にしていくために、日本は何ができるのだろうか。
日本は東アジアで「ソフトパワー外交」を強化していくべきである。軍事力や経済力に頼るハードパワーよりも、文化や理念に依拠するソフトパワーを活用する外交戦略を全面展開する。それにより、各国の人々に日本という国を理解してもらい、ひいては、親日感情を抱いてもらうのである。この国は幸い、ソフトパワー外交の資源を豊富にもっている。そこで、とくに以下3つの分野で豊富な外交資源を活用しながら、交流を促進していくべきだといえる。
1つ目は文化交流、すなわちポピュラーカルチャーや伝統文化の普及である。日本のアニメやマンガは、東アジア諸国では若者たちの間で大変な人気を博している。また、伝統的な日本料理や、茶道や華道などの伝統文化は、各国で幅広い世代から支持されている。これらの積極的な普及は、日本のイメージアップに寄与するであろう。
2つ目は政治交流、とくに、自由・人権・民主主義といった普遍的な理念の伝播である。戦後の日本は、これらの理念を東アジアで先駆的に実践してきた実績をもっている。だが、歴史的な事情を背景に、各国の人々が日本に対して抱く認識は、マイナスの方向に振れやすい。だからこそ日本は、普遍的な理念の伝播を通じて、自国の正統性をアピールしていくとよい。
3つ目は知的交流である。これの構成要素は、国際学会や専門家のネットワークなど多岐にわたるが、ここでは教育分野での交流について言及しておきたい。日本は東アジア諸国から、積極的に留学生を受け入れるべきである。この国の教育機関に目を向けている学生は各国に多数いるため、受け入れ体制を強化するのである。教育分野での交流は、政治・外交とは離れたところで、日本という国の総合的な価値を高めるであろう。
これら3分野における日本のソフトパワー外交は、中国や韓国との関係を即座に改善する特効薬ではない。少なくとも短期的には、日中韓の関係悪化は不可避である。しかし、だからこそ、地道な外交努力が必要なのだといえよう。日本がもつソフトパワー外交の資源を念頭に置くなら、上記3分野における交流は、長期的には確実にプラスの効果を発揮するはずである。それぞれの分野における交流を通じて醸成された親日感情は、東アジアの国際関係を友好的にする土台となるであろう。
勝間田弘
東北大学大学院国際文化研究科 准教授。国際学博士(英国・バーミンガム大学)。南洋工科大学(シンガポール)研究員、ブリストル大学(英国)研究員、早稲田大学アジア太平洋研究センター研究員、金沢大学国際学類 准教授を経て2015年4月より現職。