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「国連の金融制裁−より効果的な制裁の追求を」吉村祥子(関西学院大学国際学部教授)

「国連の金融制裁−より効果的な制裁の追求を

 

吉村祥子

 現在、国連は北朝鮮を始めとする様々な国や個人、団体に対し経済制裁を発動している。1990年代前半までに国連安全保障理事会(安保理)の決定として発動された経済制裁は、部分的または全面的な制裁であった。しかし、全面的な経済制裁は、無辜の一般市民に対し悪影響を及ぼしているという考え方が広まり、現在国連安保理が決定する経済制裁は、制裁措置や対象を限定したいわゆる「スマート・サンクション(賢い制裁)」となっている。
 スマート・サンクションの主な措置は、武器禁輸、資産凍結、渡航禁止で、特に資産を多く持つ有責者を対象にした制裁は効果が高いと論じられている。そのため、これまで副次的だった金融制裁に対する関心が高まっている。
 国連には世界のほぼ全ての国である193カ国が加盟しており、制裁が発動され加盟国が履行すれば、影響は非常に大きい。また、2000年代前半には、米国がマカオの銀行バンコ・デルタ・アジアに制裁を科し、同銀行にあった北朝鮮資産が凍結され、その余波で北朝鮮との取引を避ける銀行が相次いだ。結果として、2007年に、北朝鮮は資産凍結解除と引き換えに、6者協議で合意された核施設の稼働停止・封印に踏み切るなど、北朝鮮に対して金融制裁は効果があったとも分析されている。
 しかし、国連の金融制裁を取り巻く現状は楽観を許さない。今日の世界では、伝統的な金融取引に加え、技術革新も相まって、より多様な金融商品が開発されている。中には、民間機関が発行・管理する仮想通貨のように、法貨を使用せず暗号化技術を使用したものや、ハワラのような記録に残らない送金手段などもある。一定の利便性はあるだろうが、このような取引を国家が全て把握するのは困難である上、その特性が悪用される場合もあると指摘されている。
 また、現状では、国連に加盟している全ての国が制裁を履行しているわけではない。例えば、2006年に国連安保理が決定した対北朝鮮制裁に対し、履行措置を報告したのは74の国と地域に過ぎない。より近年では、対イエメン制裁は25カ国、対南スーダン制裁は23カ国のみが報告を行なっているに過ぎず、国連加盟国の半数以上が制裁を履行していないと推定される。このような状況では、国連安保理で制裁が決定されても、事実上抜け穴だらけになり、効果的な制裁とはなり得ない。
 近年では、国連安保理が経済制裁を決定する際には、中立的な立場から、制裁違反を調査し報告する専門家パネルが設置されることが多い。これにより、名指し非難を避けたい国家や企業は制裁違反行為を行わないなど、抑止的効果も期待される。一方で、2018年10月現在、対北朝鮮制裁違反を調査した専門家パネルの報告書が、米ロの対立により安全保障理事会で採択されていないなど、政治的な思惑から調査が進まなかったり、調査結果が公表されない場合もある。
 今日の金融制裁を取り巻く状況は、国連が、多様な金融取引の形態を把握し、真に平和の維持回復を目的として制裁を発動し、履行を促進しているとは言えないことを示している。その隙を突くように、近年、北朝鮮は金融機関とネットワーク、仮想通貨取引所にハッキングを仕掛け、大量の資金を強奪している。国連は、金融制裁の特質を見極めた上で、国家のみではなく、金融制裁の実質的な「ゲートキーパー」たる民間機関とも協働の上、より効果的に制裁が履行されるよう尽力すべきだ。また、過度な国際政治に踊らされず平和に貢献し、国連の政策に対しより多くの支持を得られるようにしなければならない。
 世界では経済大国たる日本は、経済制裁の政策決定や実施において大きなインパクトを与えられる。また日本は国連安保理の常任理事国入りも目指している。そのため日本は、国連の集団安全保障の根幹たる経済制裁につき、他国に追従するばかりではなく、国連内外でより効果的な金融制裁のあり方を提案するなどのイニシアチブを積極的にとり、独自の政策を展開すべきである。

吉村祥子

関西学院大学国際学部教授(国際法・国際機構論)。国際基督教大学卒、同大学大学院修了。博士(学術)。広島修道大学講師、助教授、准教授、オックスフォード大学客員研究員、広島修道大学教授を経て2010年より現職。『国連非軍事的制裁の法的問題』(単著)、『国連の金融制裁』(編著書)など、著書、論文多数。