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「日本はミンダナオの治安部門ガバナンスに柔軟な支援を」木場 紗綾(公立小松大学准教授)

「日本はミンダナオの治安部門ガバナンスに柔軟な支援を

 

木場 紗綾(公立小松大学准教授)

 2014年、フィリピン政府は、南部ミンダナオの最大のイスラム武装組織MILF(Moro Islamic Liberation Front)との和平包括合意に署名した。そして今年7月、フィリピン議会は、イスラム教徒居住地域に一定の自治権を付与するバンサモロ組織法を可決した。今後は、住民投票による承認、暫定自治政府の設立を経て、徐々に自治権が移行する。
 国際社会の最大の関心は、武装勢力が解体されてミンダナオに平和と安定が訪れるかどうかである。実際に、包括合意後に提示されたロードマップにはMILFの武装解除が明記されている。しかし、見通しは明るくない。
 フィリピンにかぎらず新興民主主義国では、軍、警察、司法といった正規の機関だけでなく、伝統的な民間の地域組織、NGO、そして住民防犯組織などが、協調・競合・共存しながら共に地域の安全を担う、独特の「治安部門ガバナンス」がみられる。その民主的な運営と安定は喫緊の課題である。
 1年前に大統領府に提出された法律の原案には、公共の秩序と安全の確保は第一義的に自治政府の責任であること、バンサモロ警察を創設して一定の権限を与え、コミュニティ・ポリシングを導入することが謳われていた。現地では、「バンサモロ型」の治安部門ガバナンスがいよいよ実現するのだとの期待、除隊した元MILF兵士がバンサモロ警察に雇用されて社会復帰を果たすことも可能なのではとの楽観的な意見さえきかれた。しかし、今回可決された法律では、治安維持は国防と同様に中央政府の責任であるとされ、バンサモロ警察の創設も廃案となった。
ミンダナオの治安部門ガバナンスが近いうちに安定するとは思えないなか、日本はいまこそ、今後の支援のあり方を戦略的かつ柔軟に考えるべきだ。
 日本はフィリピン政府とMILFの和平合意の仲介役を務め、和平合意のはるか前から、停戦監視団にJICAの開発専門家を派遣し、インフラ事業、食糧援助、学校や診療所の建設といった無償資金協力を実施してきた。ミンダナオ和平プロセスの大きな特徴は、武装解除・動員解除(DD)の前に和平合意が締結され、まだ武装集団が残存するコミュニティの中で社会復帰(R)支援が実施されてきた点にある。「DDに先立つR」を支持し、主導してきたのが日本政府である。人材育成にも力を入れており、外務省は最近まで、ミンダナオの地方政治家や公務員、弁護士、ジャーナリスト、そしてMILF関係者を含む青年らを、日本にグループ招聘していた。彼らは広島の平和記念公園を訪れ、日本の政府関係者、ガバナンスや平和構築の専門家らと意見交換を行った。
 中央政府と確実な関係を築きつつ、MILFとも信頼関係を構築し、ミンダナオの現地ニーズにも細やかに対応してきたことが、日本のミンダナオ支援の強みである。
日本政府は今後も、人材育成とガバナンス分野への支援を維持・拡大すべきである。除隊兵士の受け皿となるような職業訓練や農業訓練を地道に続けることで「R」を促し、フィリピン内務自治省や自治政府、警察に日本の専門家を積極的に派遣して、非効率で不安定なミンダナオの治安部門ガバナンスを立て直す。筆者は2018年3月にバンサモロ自治地域予定地区を訪れ、内務自治省、地方自治体、現地の警察や市民社会組織、そしてMLF関係者に対し、現在の警察機能と自治政府発足後の見通しなどについてインタビューを行った。それによると、MILF関係者は日本の警察、特に交番システムに強い関心を持っている。現状では、武装勢力であるMILFに対して日本の警察が直接に関与するのは困難かもしれない。しかし、日本はいまこそ省庁間連携によって柔軟な支援オプションを提示すべきである。たとえば、JICAが退官した警察官を専門家として自治政府や各自治体に派遣する。防衛省が米国や英国、カナダなどとの調整の上、能力構築支援の枠組みを利用して適切な人材をフィリピン国軍に派遣し、MILFもその恩恵を受けられるような仕組みをつくる。あるいは、民間財団のスキームで自治政府の警察関係者を日本に招聘して研修を実施する。特に、MILF関係者の訪日時に、条件付きででも交番の視察を許可することは重要であろう。
 一方、武装解除と動員解除(DD)への参加には慎重になるべきだ。国連PKOの介在しない中、ミンダナオでは2014年の包括和平合意後もさまざまな武力衝突が起こってきた。MILFから分離した過激派による暴力事件、RIDOと呼ばれる氏族同士の衝突、テロ事案などは頻発しており、日本を含む諸外国政府や援助機関、NGOは、これらに巻き込まれないように慎重な安全対策を講じてきた。今回の法案可決後も、治安状況はすぐには改善しないだろう。「DD」の進行中に援助ワーカーが命を落とす可能性もある。万が一の事件が国際社会、日本の世論、そして現地社会に及ぼすリスクを、日本はよく考える必要がある。そもそもフィリピンは、民主化から30年余を経ても、全土において武装勢力が残存する国である。政治家に雇われた私兵や自警団など多くの非正規の武装集団が存在し、首都マニラにさえ、非合法に銃を携行するシンジケートやギャング集団が跋扈する。フィリピン市民にとっては、武装解除はまったく現実味を帯びない。
 日本は人材育成など「R」への支援を着実に継続しつつ、今後は国内の省庁間調整、そして関係国との協調のもと、治安部門ガバナンスへの支援を拡大すべきである。