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論評・出版 COMMENTARIES

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「在韓米軍撤退のリスクと日韓関係の重要性」松村 五郎(前陸上自衛隊東北方面総監・陸将)

「在韓米軍撤退のリスクと日韓関係の重要性

松村 五郎(前陸上自衛隊東北方面総監・陸将)

 4月27日、南北首脳会談で署名された板門店宣言には、「南と北は朝鮮半島非核化のための国際社会の支持と協力のために積極的に努力する」との文言が盛り込まれた。これを受け、6月初旬までに予定されている米朝首脳会談に向け、文在寅大統領はトランプ大統領に何を働き掛けていくのだろうか。本稿においては、これが在韓米軍撤退につながることがあり得るのか、そして今日本はどうしたらよいのかを考察してみたい。

 米国の安全保障から見た場合、北朝鮮の核・ミサイル開発の問題点は二つある。一点目は、大量破壊兵器及びミサイル技術の拡散であり、この観点からは、北朝鮮からの技術流出と、拡散防止という国際規範の形骸化が懸念される。二点目は、同盟国韓国の防衛であり、北朝鮮が米国に届く核搭載ICBMを保持することで、米国への核恫喝が有効となり、朝鮮半島有事が米国本土防衛に直接影響することが問題となる。日本及び韓国の側からこれを見ると、米国の拡大核抑止に対する信頼感が盤石ではなくなり、日韓両国に対して北朝鮮の恫喝が効くという懸念に直面することになる。

 当面の米国の安全保障にとって、より直接的に問題となるのは、後者の韓国防衛であろう。NATOやアジア太平洋における二ヵ国同盟など、同盟のネットワークによって世界の安定にコミットしている米国として、韓国との盟約を果たすことは、国家の信頼に関わる問題であり、ないがしろにすることはできない。しかし、もしも韓国側から、対北防衛上の米国依存を薄めていくような提案がなされるならば、米国は信頼を失うことなく、韓国防衛という負担から解放されるという面も見逃すことはできない。在韓米軍を撤退させることになれば、米国はいままで朝鮮半島専用に張り付けてきた戦力を、世界の他正面で運用することができるようになる。

 このような方向に進む可能性は、現時点で決して高いとは言えないかもしれないが、文在寅政権が、「我が民族の運命は我々自らが決定する」と南北宥和優先の政策を進めている現状や、これを見た中国が、THAAD配備問題で見せたように、韓国に対する働きかけを強めている状況を考慮すると、その可能性を視野に入れておくことが必要であろう。また、米国第一を掲げるトランプ大統領は、不拡散という国際規範の維持よりも、安全保障上のリスクや負担を減ずるという現実主義的メリットを優先しがちだということも考慮に入れておかなくてはならない。この流れを目ざとく察した北朝鮮が、ICBM廃棄を最初の取引材料として、在韓米軍の段階的撤退開始を提案してくることも考えられる。

 さてそれでは、米国が韓国防衛から徐々に手を引き、在韓米軍を縮小、撤退させるとなった場合、日本の安全保障にはどのような影響があるだろうか。中ロ両大国が存在する北東アジア地域から、米国が全面的に手を引くとは考えがたく、在日米軍は今以上に存在意義を増すであろう。

 問題は、そうなった後の北東アジアの全般的な勢力関係である。対北防衛上、韓国の米国に対する直接依存が減少しても、対中、対ロの文脈で米韓同盟が維持され、政治外交面で日米韓の緊密な紐帯が維持されるなら、日本の安全保障への影響は大きくないかもしれない。しかし、中韓の外交関係が緊密になり、ついにはそれが軍事的協力関係に進むようなことになれば、これまでの「日米韓vs.中朝」という北東アジアの安全保障関係は、「日米vs.中朝韓」に大きく変動することになり、日本の安全保障上厳しい状況が生起する。

 このようなリスクを招かないために、日本として、まずは米韓関係をしっかりと支えることが必要であるとともに、万が一、在韓米軍縮小、撤退という方向に動く場合にも、政治外交面で日米韓3ヵ国の関係を健全に維持していくことが重要であろう。この3ヵ国関係において、最も弱点となりやすいのが日韓関係であるが、中国にここに付け込まれることがないよう、日韓関係を維持強化していくことこそ、日本の安全保障のカギとなるのではないだろうか。