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「東南アジアにおける報道の自由の抑圧と強権政治―日本は批判を」 湯澤 武(法政大学 教授)

「東南アジアにおける報道の自由の抑圧と強権政治―日本は批判を

湯澤 武(法政大学 教授)

 近年東南アジアでは、政治権力者が自らに批判的なメディアに対して不当な抑圧を加える事例が増えている。この事象は、20世紀後半以降、民主化が進んだインドネシアとフィリピンにおいても例外ではない。国際NGO「国境なき記者団」が、2002年から毎年発表している「世界報道自由度ランキング」において、初年度の調査でインドネシアは全180カ国中57位、フィリピンは89位にランクされた。しかし最新の調査(2018年度)では、それぞれ124位と133位にまで転落している。両国の報道の自由度が、これほどまでに悪化した主な理由の一つには、両国においてネット検閲を強化する法律が施行されただけでなく、それを権力者が自らへの批判を封じ込めるべく、恣意的に活用する事例が目立つようになったことがあげられる。

 インドネシアでは、2008年にネット上での名誉毀損、人種差別、宗教的冒涜などに関わる言説に厳罰を科す通称「インターネット法」が制定されたが、近年同法やその他名誉毀損関連法を根拠として、ソーシャルメディアやニュースサイト上で政府関係者の汚職問題などを批判した市民が名誉毀損の罪で警察に逮捕される事態が次々に発生している。メディア団体は、同法の存在自体を民主主義の根本規範を脅かすものとして、政府に抗議してきた。それにも拘わらず、本年3月には、議会や議員の「尊厳を傷つける」行為をとった個人や団体に刑罰を科すという権力批判を封じこめるような新法が施行されるなど、同国の報道の自由度は悪化の一途をたどっている。

 2012年にネット上での名誉毀損を違法行為の一つと定める「サイバー犯罪防止法」が制定されたフィリピンでも、近年インドネシアと同種の事例が見られる。たとえば本年1月には司法省が、ドゥテルテ大統領への批判的報道で知られる有力ネットメディア「ラップラー」の社主を、6年前に同社が報じた最高裁長官の不正疑惑に関する記事がネット上での名誉毀損の罪に値するとして突如刑事告発した。ラップラーに対しては、他の政府機関も別の罪状を持ち出し、同社を閉鎖に追い込もうとなりふり構わず動いている。

 インドネシアとフィリピンで深刻化する言論・報道の抑圧は、近年東南アジアで顕著になりつつある強権政治の台頭を示すものであるといえるが、これは「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」の形成という日本が掲げる外交戦略目標の成否にも関わる事象である。両国は、自国の民主主義に質的問題を抱えつつも、長年地域の民主化アジェンダをけん引し、ASEANが民主主義規範に基づく地域共同体へと脱皮するための制度作りを主導してきた。しかし近年両国内で急速に進む民主主義の形骸化は、両国が発揮してきた民主主義規範の主導者としての正統性と信頼性を損ないつつある。ある研究によれば国家の強権政治の拡大は、その国家の国際法へのコミットメントの低下と反比例するとされる。東南アジア主要諸国における強権政治の台頭は、この地域において、日本にとって戦略的パートナーと呼べる国が事実上皆無になることを意味し、まさに日本の戦略目標が夢物語に終わることを示唆している。
 
 日本は「自由、民主主義、基本的人権等の普遍的価値の定着及び拡大」を対ASEAN政策の主要原則として掲げているが、これまで東南アジア諸国政府の非民主的な行動に対する日本の姿勢は、欧米諸国の厳しい対応と比較して、きわめて控えめであった。このような外交姿勢の背景には、批判を繰り出せば、当該国は中国とのさらなる関係強化に走り、単に日本の経済的利益を損なうだけという考えがあると思われる。しかし、民主主義の伝道者としての米国の存在感が低下するなかで、世界有数の民主主義大国である日本がそれら諸国の政治的現状を座視することは、各国内のたださえ脆弱な民主化勢力のさらなる弱体化に繋がりかねない。強権政治を強める地域諸国に対し、日本はより積極的に批判を投げかけるべきではないだろうか。これは、東南アジアにおいて価値観を共有する真の戦略的パートナーを育てるという長期的な国益の観点からは、必要不可欠な外交姿勢であると思われる。

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