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「産官学連携に向けた安全保障議論の促進を」 久保田 ゆかり(大阪大学大学院 客員准教授)

「産官学連携に向けた安全保障議論の促進を」

久保田 ゆかり(大阪大学大学院 客員准教授)

  戦後日本の防衛技術関連分野では、米国のケースとは対照的に、産官学が積極的に連携する機運は生まれなかった。しかし、近年、この状況に変化の兆しが見受けられるようになった。2000年代半ばから、当時の防衛省技術研究本部(現防衛装備庁技術研究本部)が、国内の大学や研究機関と赤外線センサ、爆薬探知機、ロボット技術など広範な技術分野で研究協力を始めた。2015年度には「安全保障技術研究推進制度」が創設され、防衛分野に応用可能な民生技術の基礎研究のための競争的資金が国内の企業、研究機関、大学等に提供されることになった。先進的な民生技術については、基礎研究の段階から着目し、近年の技術サイクルの速さに対応する狙いがある。そのため、防衛省と限られた企業からなる長期、固定的な防衛生産体制から脱却し、これまでこの枠の外にあった企業や大学、研究機関を引き込むことで、新たな防衛技術基盤構築の模索が始められたのである。

 この動きに対して、科学者の代表機関である日本学術会議は、2017年3月「軍事的安全保障研究に関する声明」を出し、1950年と67年の「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を踏襲すると発表した。この中で、政府による研究者の活動への介入の懸念を表明するとともに、攻撃目的に使用されうるとして、軍事的安全保障研究とみなされる可能性のある研究について、「その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設けるべき」と提言した。この声明を受ける形で、実態を把握するために実施された同会議のアンケート調査の結果によれば、本年3月時点で「安全保障技術研究推進制度」への応募時の審査指針や手続きを整備しているのは全国の大学などの3割にとどまることが明らかになった。また、この声明を受けてこの制度への応募を認めないと決定した大学もある。

 何が問題なのだろうか。使われ方次第で、技術は人間を幸福にも不幸にもする本質を持つ以上、研究・開発サイドにも倫理観が要求される。それがすべての国とそこに暮らす人々の将来、そして国際の平和にとって必要不可欠であることは論を俟たない。しかし、安全保障すなわち軍事的破壊活動という理念の下で安全保障に背を向けることは、逆に今日に特徴的な脅威の本質を見誤り、結果として国益を損ねる事態を招きかねない。冷戦終結後、全面核戦争の蓋然性が低下するとともに、国際的な相互依存関係が進展を見る中で、何を(目的)、何から(脅威)、どのように(手段)守るかという3つの次元すべてで、安全保障は多様化した。現在も中国や北朝鮮など東アジアの情勢は予断を許さず、伝統的な安全保障問題にも日本は向き合わなければならないが、同時にテロ、サイバー攻撃、大量破壊兵器の拡散、環境・エネルギー、気候変動、災害、越境組織犯罪、感染症など、いわゆる非伝統的な安全保障問題にも直面している。これらの脅威はグローバル化の中で国境に関係なく、容易に伝播するため、予防的措置に取り組む必要があるが、これには防衛ファミリー的な既存の防衛技術基盤では限界がある。

 今求められるのは、産官学による安全保障対話・議論と、これを踏まえた実践と成果である。柔軟な発想で広く安全保障について考え、日本の科学技術を安全保障のためにいかに活用するかを討議する機会を持つことはできないだろうか。先の学術会議のアンケート結果を鑑みれば、ほとんどの大学には安全保障に関する知見が乏しく、防衛技術研究の是非についての判断基準を持ち合わせていないと考えた方がよいのかもしれない。防衛生産の枠の外にある企業にも同じことが言えるだろう。一方、近年にあっては国際政治学や地域研究などの分野では、安全保障に関する研究や議論が幅広くなされているが、この分野の研究者は総じて科学技術に必ずしも明るいとは言えない。自然科学と社会科学の垣根を超えた知的交流、そして産官学による建設的な安全保障議論の中から、時代の要請に応える防衛技術基盤の構築を期待したい。

 

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