「安全保障の専門家こそが貢献すべき国民保護訓練

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宮坂 直史(防衛大学校 教授)

 国民保護訓練が始まってから今年で13年目を迎えている。外国からの攻撃や大規模テロを想定して、被害者の救助や周辺住民の避難などを行うもので、地方自治体、消防、警察、自衛隊、海上保安庁、医療関係者など多数機関が一同に参加している。住民や学生が避難役や被害者役を演じることも多い。国と都道府県が共同で主催する形式だけでも昨年度末までに180回ほど行われてきた。

 今日は、弾道ミサイルの飛来、ドローンや特殊部隊の侵犯、インフラ破壊をもたらすサイバー攻撃、テロなど多様な脅威に備えておく時代である。抑止が効きにくい分、国民1人1人が脅威を身近なものと捉え、爆発物や核、有毒物質などから身を守るための知識が必要とされる。国民保護訓練はそれに資するはずなのだが、残念ながら現状はそうなっていない。

 筆者はこの十数年間、訓練に直接参加し、あるいは評価員や講評者として各地を訪問してきた。テロや武力攻撃の発生、その後の事態の展開は多様なはずだが、全国どこでも同じような想定で、前例踏襲的に訓練を消化している。非現実的シナリオもまかり通っている。

 よくあるのは1つの県内で、数百から何千もの死傷者が出るテロが起き、さらに要人の人質事件、毒ガスや病原体の散布、不審物の発見による大規模避難などが、わずか1~2時間内に次々に起きる想定だ。「アルカイダ」や「イスラム国」も仰天、羨望するだろう。それを、誰が、何のために日本(地方都市の場合もある)で実行するのだろうか。想定上は、ただ「国際テログループ」の仕業になっている。

 さらに驚くことに、このようなことが本当に起きたら短時間では収拾不能と思いきや、訓練成果として「関係機関が互いに連携できた」、「役割を確認できた」、「住民に適切に説明できた」など、できた尽くしで国や県は発表している。

 多くの訓練では、確立された手順の確認にとどまり、「関係機関の連携」という何をもって連携したかの曖昧な目的が掲げられている。最も肝心なのは、被害の局限化のはずだが、そのための臨機応変な判断と迅速な動きが重視されていない。全般的に、リアリティと想像力が足りないのではないか。

 1回の訓練では1つの事案、例えば爆発物で死傷者数十人が出たという想定だけで十分だ。衝撃波によって壁が崩落しガラスは散乱し、四肢切断される者も出る。救助隊も障害物ゆえ直ちに突入できないかもしれない。各病院も爆傷者の受け入れ人数は限られる。すべてが手順通りにはいかないだろう。時間も計りながら、一体何人の命が救えそうなのかを検証するのも一案になる。そして、訓練後の反省会で、本当にマニュアル通りの対処でよいのか、判断に必要な情報が得られたのかなどを振り返るのはどうだろうか。

 他方、弾道ミサイルの避難訓練は、ようやく昨年3月に秋田県で初めて実施され、以後の1年間は全国津々浦々で大流行した(今の半島情勢から、遺憾にも今度は一転してやらなくなるかもしれない)。ほぼすべての訓練は、ミサイルが上空を飛び越えて何事もなく終わる。これでは住民がせっかく参加しても、有事に必要な知識が身につかない。訓練は有事のためにある。核弾頭をも考えるべきなのに、訓練を奨励している国はそういう「不都合な真実」を無視してきた。また、PAC3の守備範囲が日本全土ではないこと、迎撃に成功しても落下物で多少の危険が生じることなど数々の基本知識が、避難を促す側の要員にさえ欠如していることが、現場で話してみるとわかる。

 いまこそ安全保障の専門家は、戦争やテロはどう起きるのか、起きたらどうなりそうなのかを、種々の事例から関係機関に助言したり、住民に説明したりすべきである。今のままの訓練では本番に役立たない。抑止を信じ、本番などないことを祈りたいが、訓練を機に国民全体の防衛意識が向上するのはよいことだ。



RIPS' Eye No.228

執筆者略歴

みやさか・なおふみ 1963年東京生まれ。慶應大学法学部、早稲田大学大学院政治学研究科、専修大学法学部講師などを経て、1999年防衛大学校国際関係学科助教授。2008年より同大学校教授。専攻は国際政治学。本稿に関連する著書に『実践危機管理 国民保護訓練マニュアル』(ぎょうせい、2012年)など。当研究所安全保障研究奨学プログラム第8期生。

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