「核セキュリティサミットを超えて:核テロ対策の手を緩めるな」

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一政 祐行(防衛研究所 主任研究官)

 テロリストが管理の緩い核兵器や核分裂性物質を盗取し、テロ攻撃に利用することへの懸念は、今日に始まったものではない。1975年に初版が発表された国際原子力機関(IAEA)の核物質防護勧告は、2001年米国同時多発テロをはじめ折々の脅威認識の変化を踏まえて更新され、現在改訂第5版(INFCIRC/225/Rev.5)に至っている。2004年には地球的規模脅威低減イニシアティブが発表され、研究炉用高濃縮ウラン(HEU)回収によるリスク低減化が進んだ.

 しかし、やはり核テロ対策が国際社会の注目を集めた端緒は、2009年のオバマ前米国大統領の「プラハ演説」であった。4年以内に脆弱な核分裂性物質の安全を確保するとの政治的意思は、翌年の核セキュリティサミット開催に帰結した。同サミットは2016年に終了するまで4回開催され、参加国は国別報告書や声明で核セキュリティ措置強化を発表し、多くの共同提案を行った。核セキュリティとは「国家の責任」であり、従来、国の核テロ対策を外から窺い知ることは困難であった。この点で、同サミットは本来、機微な核テロ対策に一種の透明性をもたらしたのであった。途中、ロシアのボイコットもあったが、欧州や南米、東南アジアが余剰HEUとプルトニウムの存在しない地域になるなどの具体的な成果も挙げた。併走する形で、2013年からは3年毎にIAEAで核セキュリティに関する国際会議が開催され、2016年には改正核物質防護条約も発効した。また同サミットの終焉を受けて、核セキュリティコンタクトグループが2016年に発足した。こうして核セキュリティにかかる国際レジームが形成・継承される見通しが立ちつつあるが、サミットの時と同水準で国際社会の関心を惹起し続けられるのかとの懸念もある。

 世界3位の原発大国日本も、内部脅威対策や輸送の安全、放射線源のセキュリティなどを中心に核セキュリティ強化措置を講じてきた。主要国の核セキュリティ強化措置に対して第3者評価を行う核脅威イニシアティブ(NTI)の『核セキュリティ指標(Nuclear Security Index)』では、2010年に日本は総合23位であったが、2016年には核分裂性物質の盗取防止で12位、妨害破壊行為防止で5位に浮上した。こうした取り組みが内外で評価される一方、テロリストにとって魅力的な核分裂性物質の保有量が日本の核セキュリティを取り巻く否定的要因だとする指摘も根強い。紙幅の都合からプルトニウムを巡る議論は他稿に譲るが、保有する核分裂性物質がいかに堅固な物理的防護のもとにあるか、日本はより積極的に情報発信すべきであろう。原発施設への警察の銃器対策部隊の常駐や、治安当局が関与するブラインド型訓練(参加者にシナリオを伏せて行う実践的訓練)実施などは懸念の払拭に繋がり、核テロ行為を諫止するメッセージにもなる。ゲリラや特殊部隊による攻撃対処として、原発施設を含む重要施設防護に自衛隊部隊が配置され、早急に防護態勢が確立されるなどの体制も、対外的に日本の核テロ対策をアピールする内容だ。これらは、とりわけIAEAの国際会議などを通じて英語で情報発信されることに大きな意義がある。

 他方、規制当局が法制を整備しただけで、国内実施が終わるわけではない。経営陣から現場まで、事業者への核セキュリティ文化の浸透も不可欠である。更に原発の稼働状況如何に関わらず、蓄積された使用済み核燃料や高レベル放射性廃棄物に対して、核セキュリティ上の必要な措置を長期間講じ続ける必要があることも忘れてはならない。2016年ベルギー同時テロで、実行犯による原発テロ計画の存在が事後判明したのは記憶に新しい。幸い、未だ致命的な核テロ事案は発生していないが、危機の萌芽は常に存在していると見るべきであろう。そして何より、新興国を中心に原子炉需要が勢いを失っていない点にも注意が必要である。核セキュリティへの取り組みを持続可能なものとし、能力構築支援も含めて新興の原子力導入国にいかに核セキュリティ文化の浸透をはかるかは、日本も含めた関心国やIAEAの取り組むべき長期的課題である。そのためにも、核セキュリティにかかる国際レジームを存続・発展させることが重要なのである。

RIPS' Eye No.216

執筆者略歴

いちまさ・すけゆき 専門は軍備管理・軍縮不拡散、安全保障論。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了、博士(国際公共政策)。RIPS安全保障研究・奨学プログラム14期生。日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター研究員などを経て現職。2013年より原子力規制委員会「核セキュリティに関する検討会」外部有識者委員。

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