九条改正は百害あって一利なし

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加藤 朗 (桜美林大学 教授 / 平和・安全保障研究所 研究委員)

 7月の参議院選挙で自民、公明、おおさか維新の党など改憲勢力が参院で77議席を獲得し、衆参両院で改憲を発議できる3分の2(162議席)以上の議席を獲得した。改憲論議がにわかに喧しくなったが、おおさか維新の党はともかく、果たして公明党が自民党と同じ内容の改憲を目指しているとはとても思えない。自民党の憲法改正の主眼は九条改正にあるが、「平和の党」を公言する公明党が自民党案に同調することは難しいだろう。自民党が憲法改正に本気で取り組もうとするなら、例えば民進党の右派を取り込むような、憲法改正を目指す政党の再編は必須である。憲法改正の道のりは相変わらず遠い。むしろ改正するより、現状のままでよいのではないか。

 憲法改正論議の焦点は九条である。自民党改正案は自衛隊を国防軍として認めて、日本は普通の国家になるべきだとの主張である。たしかに自衛隊は、交戦権を否定されているために国際法上軍事組織として認めがたく、また集団的自衛権も全面的に認められていないために日米同盟や国連PKOなどの活動に大きな縛りがかけられ、普通の軍隊とは言えない状態に置かれている。

 だからと言って九条を改正する目的はどこにあるのだろうか。九条を改正し自衛隊が国防軍になったからといって、直ちに抑止力が強化されるわけではない。日本の抑止力の源泉は日米同盟である。たしかに自民党草案のように九条を改正すれば自衛隊は国防軍として米軍との協力態勢が緊密化し、抑止力が強化されるという意見もあろう。しかし、現在でも日米の軍事協力は相当緊密になっており、九条が改正されたからと言って直ちに抑止力が格段に強化されるとは思えない。

 逆に、自民党の憲法改正の試みは、かえってアメリカに日本の歴史修正主義に基づく対米自立の動きとみなされ、抑止力を削ぐ恐れがある。実際、安倍首相は憲法改正は自民党結党以来の党是であることを繰り返し述べている。つまり1955年の結党時の対米自主独立の精神こそが憲法改正の目的ということだ。とらえようによっては憲法改正は日米同盟破棄の第一歩とみなされかねない。そうでなくても日米間の信頼を損なう恐れが大きく、日米同盟の抑止力を損なう危険性は大である。

 また九条を改正したからと言って、直ちに対処力が強化できるわけではない。現在の自衛隊の仮想敵は中国と北朝鮮である。日本は中国の軍備増強にとてもではないが追いつくことはできない。中国はGNP11兆ドルの約2%を軍事費に充てている。一方日本はGNP4兆ドルの約1.3%である。中国の経済が減速しているとは言っても、それでもなお年率6パーセントの成長を続けている。年率1%にも満たない日本とは比較できないくらいの経済力である。日本は技術力で優っているとの声が聞こえそうだが、かつての精神論にしか聞こえない。中国はICBMや原潜、宇宙ステーション、スーパーコンピュータなどを開発できる技術大国であることを忘れてはならない。結局日本は、低強度戦はともかく、単独では中国との高強度戦には対処できない。また北朝鮮の核ミサイルには日本はアメリカの拡大抑止にしか頼る以外に方法はない。今更核兵器を開発することは、技術的にはともかく、政治的、経済的にほぼ不可能である。

 つまり九条を改正したところでハードパワーである軍事力の増強には全く貢献しない一方、ソフトパワーを損なう恐れがある。日本は、戦争しない国、唯一の被爆国など平和のイメージがある。このイメージこそが平和大国というブランドとなり、日米同盟とともにソフトパワーとして日本の抑止力の強化に大いに役立つ。また1954年の創設以来一人も殺さず、一人も殺されなかった軍隊は自衛隊だけである。

 九条は日本の理想であると同時に世界の理想でもある。理想をわざわざ下ろすことはない。理想は理想として高く掲げ、そして現実は現実として九条の解釈で、日米同盟による抑止力の強化と自衛隊の対処力強化をすすめ、他方で九条の理想に向かって努力する平和大国日本を国際社会にアピールすることこそが日本の抑止力となる。少なくとも現時点で九条の改正は、百害あって一利なしである。

RIPS' Eye No.210

執筆者略歴

かとう・あきら 1951年鳥取生まれ。1981年早稲田大学大学院政治研究科国際政治修士課程修了。同年防衛庁防衛研究所。1996年桜美林大学国際学部。現在同学部教授。国際政治(紛争研究)専攻。

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