米国におけるポピュリズムの台頭を直視せよ

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松村 昌廣 (桃山学院大学法学部 教授)

 今次の米大統領選では、共和・民主両党で従来のエリート主導に一般民衆が反旗を翻すポピュリズム(populism)が台頭している。その結果、先の大戦後、当然視されてきた外交・安全保障政策の根幹も挑戦に直面し、米国だけでなく主要同盟国のエリートも困惑を隠せない。トランプ候補は在日米軍撤退、日米安保条約・地位協定の改定、日本の核武装容認を公言しており、これを無視・黙殺してきた人々は深く反省すべきだ。

 多くの米国民が数々の暴言にも拘わらずトランプ氏を支持している。その背後には、地方の保守的な白人の中間層や農場主を中核に、中小企業経営者から低所得者層を含め、草の根で不景気と失業への憤りがある。また、ここ数十年、エリートが多国籍企業のグローバルな事業展開を推し進めた結果、顕著になった産業空洞化や貧富の格差への憤りがある。この既存体制・既得権益に対する憤りは、人権や福祉など建前に基づく言葉狩りでも、「大衆扇動」や「反知性主義」のレッテル貼りでも蓋はできない。

 思想面では、この大衆の激情は建国以来脈々と受け継がれてきたリバタリアニズム(libertarianism)によって支えられている。この思想は個人の自立と自由を最優先し、当然、それを阻害しないように反政治・行政権力、課税・福祉サービスの最小化、対外武力介入の拒否を求める。米国史では、時折、この思想に沿った草の根からの突き上げにエリートたちは翻弄されてきた。この点、1939年のハリウッド映画「スミス都に行く」を観れば腑に落ちるだろう。

 2010年夏、筆者自身がリバタリアニズムの知的牙城、ケイトー研究所で客員研究員を務めた経験を踏まえて言えば、トランプ氏の政策は修辞的にはハチャメチャに聞こえても、思想・政策面では存外一貫性がある。氏の政策顧問を務めるサム・クロービス(Sam Clovis)元米空軍大佐は東部の名門校とは関係ない地方のカレッジの教授をしながら、リバタリアンとして草の根の運動家でやってきた。また、レーガン政権で一時大統領補佐官を務めたダグ・バンドウ(Doug Bandow)同研究所上級研究員が長年ジャパン・タイムズ等で主張してきた対アジア安保政策とも符合する。さらに、シンセキ元陸軍参謀長やデンプシー元統合参謀本部議長など、ここ十数年、中東で痛い目にあった軍部OBも文民が主導した積極的な武力介入政策には反対である。

 トランプ候補が指摘するように、問題の核心は米国が実質上財政的に破綻していることにある。ケイトー研究所の分析等を踏まえれば、統計的には巧妙に粉飾されているが、連邦政府の債務に加えて、州以下の地方レベル、年金・福祉・医療等支出(entitlements)の積立金不足、クレジット・カードを含めた民間部門の債務を含めれば、その総額はGDPの十倍には達する。当然、国内製造業部門を再建して毎年約六千億ドルに達する貿易赤字を減らす一方、ほぼ同額に達する国防費削減ために対外的な軍事介入も止めるべきだとの結論になる。既に、オバマ大統領自身が「米国は世界の警察官ではない」と公言した。

 つまり、ポピュリズムの台頭は決して一過性のものではなく、米国社会の構造的変化に根差している。今後も米国が総合的にダントツの一強国であるとしても、そのグローバル覇権は青息吐息の状態にある。

 主要同盟国は安全保障で米国に依存してきた。とりわけ、日本は依存度が高く、米国一辺倒の外交・安全保障政策を行ってきた。今や、日本はかなりの自助さらには自立を迫られる可能性が出てきた。この危機をチャンスとするためには、従来の思考の枠を超越せねばならないだろう。それは、必然的に、我が国の外交・安全保障政策における戦後レジームの抜本的変革と人材の大幅な入れ替えを迫るであろう

RIPS' Eye No.208

執筆者略歴

まつむら・まさひろ 米国メリーランド大学大学院より政治学博士号授与。現在桃山学院大学法学部教授(国際政治学)。単著『動揺する米国覇権』を発表するなど、米国覇権、東アジアの国際秩序などを専門とする。当研究所安全保障研究奨学プログラム第6期生。

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