邦人保護には「オールジャパン」で

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上杉勇司(早稲田大学 教授)

 日本人援助関係者が巻き込まれたバングラデシュのテロ事件を受けて、今後は邦人保護の強化を求める世論が、ますます高まっていくだろう。そして、人道支援に従事する邦人の行動に対して日本政府が制約を課すことも、邦人保護の観点からやむをえないといった論調が支配的になっていくことが懸念される。

 そこで本稿では、邦人保護のあり方を日本の国際平和協力の文脈で検討し、邦人保護のための「オールジャパン」の必要性を論じたい。日本の国際平和協力の政策枠組みである「オールジャパン」には、外務省、防衛省・自衛隊、JICAといった省庁間の連携が中心に据えられつつも、日本のNGOや企業を含んだ官民連携が視野に入っている。

 昨年の平和安保法制の制定により、国連PKOなどに参加中の自衛隊に邦人保護の一翼を担わせる動きが具体化した。これまでは、「オールジャパン」をつうじて日本による開発援助を促し、日本の存在感を増すことを念頭に自衛隊とNGOとの協力が推進されてきた。しかし、最近では自衛隊によるNGOの保護の提供という新しい文脈で「オールジャパン」が語られるようになる。そして、人道支援に従事する邦人の保護の必要性が強調されるなか、いわゆる「駆け付け警護」と呼ばれる新任務が自衛隊に与えられた。

 しかし、国連PKOに参加中の自衛隊が、「駆け付け警護」を実施するうえでの課題は多い。まず、イラクに日本政府独自の枠組みで派遣されていた自衛隊とは異なり、国連PKOに派遣中の自衛隊を、邦人保護のために日本政府が独断で利用することは難しい。また、これまで自衛隊は、施設隊を中心に国連PKOに派遣してきた。よって、国連憲章第7章にもとづき武力行使が認められた「文民の保護」任務が国連PKOに付与されたとしても、そのような任務は歩兵部隊に振り分けられるため、施設隊を派遣する自衛隊に振り分けられることは、まずない。道路などの修復のために派遣された施設隊が、「文民の保護」任務の一環として「馳け付け警護」を担うことは想定されていないからだ。邦人保護の観点から「馳け付け警護」を実施するのであれば、施設隊とともに派遣部隊に組み込まれている警備隊が出動するか、国連PKOの任務部隊とは別に警備隊を派遣しておく必要がある。

 もちろん、邦人保護の責任は、外務省・大使館(領事部)にあり、国連PKOに参加中の自衛隊にはない。しかし、日本国内の世論が、自衛隊による邦人保護に傾むくなかで、現地における日本大使館と自衛隊とNGOの連携は、今後いっそう重要になってくるだろう。どのような保護が求められるのか、どのような保護を提供できるのか、保護が必要になった場合に、それぞれがどのような責務を負うのか、といった基本的な了解事項を互いに共有しておかなくてはならない。また、実際には自衛隊による保護を拒むNGOがでてくることもあろう。その場合の自衛隊による「保護する責任」は免除されるのか。このような予見される問題について、関係者の間だけでなく、国民とも合意を形成しなくてはならない。

 現状では、自衛隊による「駆け付け警護」は、最低限の準備もできていないといえるのではないか。ここでいう準備とは、自衛隊だけに求められるものではなく、外務省やNGOなどの関係者を交えた「オールジャパン」的なものを指す。先に述べた了解事項の共有に加えて、日本や現地において、外務省、防衛省・自衛隊、NGOによる事前訓練も欠かせない。さらには、国民が自衛隊に期待しすぎないように、現実を正確に伝えるとともに、国民の負託に応えられるように、日本政府関係者は、必要な準備を怠らないことが大切である。

RIPS' Eye No.206

執筆者略歴

うえすぎ・ゆうじ 国際基督教大学教養学部卒業後、米国ジョージメイソン大学紛争分析解決修士課程修了、英国ケント大学政治・国際関係大学院博士課程修了。沖縄平和協力センター副理事長、広島大学大学院国際協力研究科准教授などを経て現職。専門は、紛争解決、平和構築、国際平和活動。著書に『紛争解決学入門:理論と実践をつなぐ分析視角と思考法』(大学教育出版、2016年)、『世界に向けたオールジャパン:平和構築、人道支援、災害救援の新しいかたち』(内外出版株式会社、2016年)などがある。

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