TPP拡大で地域の安定を

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古城 佳子(東京大学大学院 教授 / 平和・安全保障研究所 研究委員)

 TPP(環太平洋パートナーシップ)は、昨年大筋合意に至り、参加12カ国による署名式が先週行われた。交渉が本格的に開始されてから5年、日本が交渉に参加してからも2年余が経過し、幾度の交渉延期を経た末の合意、署名であった。長期化したのは、TPPが「例外なき自由化」を掲げ高度な自由化ルールの策定をめざす協定であったため、多様な国内事情を抱えた多国間での利害調整は予想通り難航したからである。TPPが発効するには、参加国の批准手続きを経なければならないが、批准手続きが順調に進むかどうかは各国の国内政治に委ねられている。特に、交渉を主導したアメリカでは、貿易自由化支持の共和党が医薬品特許についての合意が譲歩し過ぎたとして合意に不満であり、民主党はそもそも反TPPの議員を多数抱えており、大統領選挙の年である今年中に批准できるかどうか不透明な状況にある。

 このような状況ではあるが、TPPが署名にこぎつけた意味は大きい。TPPがアジア太平洋地域に与える影響は経済面だけでなく、経済交流に関するルール形成という点で政治外交上の影響が大きい。世界のGDPの約40%を占める国々が競争政策、環境、電子商取引などの「WTOプラス(WTO以上の自由化)」で合意することは、ルール形成を主導することにつながる。オバマ大統領は、TPPの大筋合意を受けて、「グローバル経済のルールは、中国のような国ではなく我々が書かなくてはならない」と中国を名指しした。このことは、アジア太平洋におけるルール形成をめぐる主導権争いの点で、オバマ政権が、TPPをことの他重視していることを示している。

 アジア太平洋地域は、安全保障と経済という二つの重要な分野において、中国の台頭をめぐり異なる関係性が築かれている。安全保障面では、中国の台頭にともなう一方的な海洋政策が周辺諸国との対立を引き起こし、日本を始めアメリカとの同盟関係を結ぶ国々と中国との間の緊張の高まりが懸念されている。他方、経済面では、特に世界金融危機後、アジア太平洋諸国と中国との経済関係は緊密化し、中国がこの地域の経済成長の牽引役を果たしてきた。年明け以降、中国経済の減速が懸念されてはいるが、日、米、ASEAN諸国を始めアジア太平洋地域諸国の多くが中国との貿易や経済協力からメリットを受けている構造に変わりはない。この異なる関係性の中で、安全保障と経済が同様の対立構造に陥ることを防ぐことがこの地域の安定にとって重要である。その点で、TPPを、対立構造を助長するのではなく、協力関係を強化するように用いることが必要である。透明性が高い開かれた貿易の「WTOプラス」の形成により参加国がメリットを得る構造を作ることができれば、不参加国の参加を促し、ルールに基づいた経済関係が拡大定着し協力を促進する可能性が大きくなる。この点で、既に参加を表明している韓国やインドネシアなどの参加を促すことは必要である。RCEPや日中韓FTAの交渉にも影響を与えられるだろう。

 世界経済の先行きが不透明な状況で、各国にとって貿易はますます重要になっている。TPPの枠組みがアジア太平洋地域のルールの土台となり、参加国を増やすことができるかどうかは先ずは批准できるかどうかにかかっている。今後の批准状況を注視したい。

RIPS' Eye No.202

執筆者略歴

こじょう・よしこ 東京大学教養学部 卒、東京大学大学院修士課程修了、プリンストン大学大学院博士課程修了(Ph.D.) 。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。国際関係論、国際政治経済論専攻。『経済的相互依存と国家』、『講座 国際政治 第3巻 経済のグローバル化 と国際政治』など。

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