軍備管理・軍縮分野への人的貢献を強化して「積極的平和主義」を推進すべし

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秋山 一郎(平和・安全保障研究所 研究委員 / 元 化学兵器禁止機関 査察局長)

 国家の安全保障には自国の防衛力の整備、同盟国間の防衛協力の強化、国連・PKOや軍備管理・軍縮機関での主導的地位といった要素が不可欠と思料するが、特に軍備管理・軍縮分野での我が国の人的貢献の強化について筆者が設立以来10年間勤務した化学兵器禁止機関(OPCW)での経験に基づく提言を述べたい。

 過日、筆者はOPCW第79回執行理事会(2015.7.7~10)に日本国代表団アドバイザーとして参加し、1982年ジュネーブ軍縮会議以来30年余の親友であるミクラク(Mikulak)米国大使の退任レセプションにも出席する機会を得た。同大使の退任でOPCWが直面している「イスラム国」ISなど非国家主体(Non-State Actor)の化学兵器の使用という条約想定外の難問を解決できるノウハウを継承したOPCW創設者は皆無となってしまった。

 OPCWは1980年のジュネーブ軍縮委員会特別作業部会の設置以来12年間の交渉を経て1993年に成立した化学兵器の開発・貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約(CWC)に基づき、1997年にオランダ王国ハーグ市に設立された国際機関(職員約500名、191ヶ国が加盟)である。同機関は、申告に基づく「保有国の化学兵器とその廃棄及び加盟国の指定された化学物質を製造する化学産業」の現地査察に加えて、加盟国の要請に基づく「条約違反の疑いのある他の加盟国の施設」のチャレンジ査察という他の軍備管理・軍縮条約にはない強力な検証メカニズムを有する。「すべての備蓄化学兵器を10年で廃棄」という当初目標は保有国の財政や安全管理上の制約で延期せざるを得なかったが、備蓄化学兵器の8割を超える廃棄実績等により、同機関は2013年ノーベル平和賞を授賞された。(2015年7月時点で90%廃棄を達成)

 ところが、化学兵器廃棄の進捗を受け化学兵器査察官を減員して「産業査察」主体の査察体制へ転換の途上でシリアの条約加盟と非国家主体による化学兵器の使用に直面し、さらに未申告の備蓄化学兵器が発見された加盟国もあったため、現在は化学兵器検証能力の維持及び化学テロ対処の機能を付加した新たな体制への移行を模索中である。

 OPCWには勤務年限があるため、標準化・マニュアル化レベルを超える現地査察や廃棄交渉の詳細等に関わる高度なノウハウの継承やそれらを熟知した有為な人材の維持・確保は極めて困難で、筆者等が提言してきた経験豊富な査察官の再雇用も5名の採用に止まっている。上記のNon-State Actorによる化学兵器の使用は塩素ガス等の毒性産業用化学物質(TIC)及びマスタードとされ、今後はアフリカ地域へも拡大することが懸念される。また、テロリストが各国のTIC施設を攻撃してTICを飛散させる戦法での化学テロも懸念されている。これらの新たな脅威に対処するにはその分野の専門家が不可欠で、化学工業先進国である我が国はTICや化学テロ対処のノウハウを提供してOPCWの新たな任務を支援することが可能である。

 筆者には「湾岸戦争のトラウマ」(湾岸戦争後にクウェート政府が戦争中に支援を受けた国への感謝広告をニューヨークタイムズ紙に掲載したが130億ドルの寄付をした日本の名は載らなかった)があり、米国に次ぐ高額分担金の拠出だけでなく我が国の目に見える人的貢献をと念じているが、OPCWでは邦人職員の専門能力と仕事の質・効率は高く評価されているにもかかわらず、職員数はわずか数%に過ぎない。専門職域は化学兵器や化学産業のみならず、例えば検証・査察業務では通信・兵站・衛生等の職域、行財政業務では会計・法務・広報等の幅広い職域の要員が不可欠で、国連やPKO経験のある邦人の実務能力はこれらの職域でも他国の応募者に勝るとも劣らない。また、候補者に海外勤務が可能な退職者も含めることにより職域と人数を拡大すべきである。国際機関では「人数は力なり」であり、「拠出金の多寡にかかわらず1国1票」に過ぎない。我が国が積極的にこれらの人材を支援して軍備管理・軍縮分野での人的貢献を強化することにより主導的地位を占め、「積極的平和主義」を推進すべしと提言する。

RIPS' Eye No.197

執筆者略歴

あきやま・いちろう 元陸将補。1971年防衛大学校(応用化学)卒。1979年米国イリノイ大学大学院博士課程卒(物理化学Ph.D.)。元陸上自衛隊化学学校長。元化学兵器禁止機関査察局長。第1級防衛功労賞受賞。2013年12月OPCWへのノーベル平和賞授賞式典に招待。専門分野は軍備管理・軍縮(化学兵器)、化学兵器の廃棄、化学テロ対処。

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