北朝鮮ミサイル脅威の実態 (投稿論文)

徳田 八郎衛 (元 防衛大学校 教授)

 「北朝鮮の不思議」の一つがミサイル製造能力である。自動車産業に航空産業、それを支える原動機技術や制御技術が未発達なのに、どうやって多種のミサイルを開発し、中東諸国へ輸出できたのか。軍事専門家たちは、エジプトより入手したスカッドBから北朝鮮技術者が製法を取得し、より長射程のミサイルを開発したと説明してきたが、「これは嘘だ」と断定する人が現れた。ミュンヘンでミサイル防衛を研究する宇宙科学者のマーカス・シラーだ。彼は米国のシンクタンクであるランド研究所での研究成果を2012年に「北朝鮮核ミサイル脅威の特色」と題する報告にまとめ、以下の様に述べた。

① リバース・エンジニアリング(分解等を通して分析する)で製法を取得したというのは神話であり、ソ連の既成ミサイルをロシア人の指導でコピー生産したに過ぎず、ソ連製との相違が全く見られない。それ以降のミサイル開発もロシア技術者の指導によるものだ。ミサイル破片に刻印されていたキリル文字もその証拠である。

② テポドン1もテポドン2/ウンハ2/ウンハ3も、コピーすべきロシアのミサイルが手元にないのだから、うまく行くはずがない。北朝鮮は世界に弾道ミサイルを拡散させたといわれるが、輸出の80%は1987年から1993年までに行われ、ソ連の存在があったからこそ可能であった。

③ 北朝鮮国内にスカッドやノドン、テポドンが充満していると米国防省も米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)も書くのは、過剰見積りである。200基あるといわれているノドンもよくて20基あまり、20~30基あるといわれているテポドンも、実存するのは1~2基でしかも発射準備時間も長いから実戦には使えない。ムスダンは50 基あるといわれているが、万が一運用できるとしてもごく少数である。

④ 軍事パレードで見せた新型ミサイルKN-08(火星13)は試射もされていない原寸模型である。製造する資材もない。核開発と同様、ミサイルも北朝鮮の脅しの道具である。今までの発射実験も、米国の独立記念日などに合わせて行っているのがその証拠である。

 権威あるランド研究所の上記報告書の影響は大きく、米空軍情報局報告は、2013年には「テポドン1は未配備」と書き直した。米国防省が発刊した「2013-2014北朝鮮軍事力年次報告」にも、ノドンは50基以下、テポドンともムスダンとも明記しない「IRBM(中距離弾道ミサイル)」という形で「50基以下」と減数して表記されている。

 しかしシラー報告の本旨はミサイル数の追及ではなく、北朝鮮がリバース・エンジニアリングでスカッド製造技術を取得し、1,000基もの各種弾道ミサイルを自力で配備し、20年間に500基も輸出したという定説への挑戦である。ではリバース・エンジニアリングによる自力生産と、全てソ連から調達という両極端の仮説の他に、検討すべき仮説はないのだろうか。シラーは、他の有力な仮説として「はったり」仮説とライセンス生産仮説を挙げた。このうち、現在の北朝鮮の能力に鑑みてライセンス生産は低レベルの北朝鮮には困難と分析し、自国民及び外国への威信のため性能や信頼性には無頓着にミサイルを開発したとする「はったり」仮説を主張した。

 北朝鮮は7月の米韓演習、7月の中韓首脳会合を牽制してミサイル発射を行った。このミサイルの射程距離は約500kmと伝えられるから既成のスカッドCと見てよい。2000年代のようにノドン、テポドン級のミサイルを抗議のためだけに撃ちまくる資材はもうないからだ。北朝鮮のミサイル開発の停滞は、国連安保理の制裁決議の効果であり、北朝鮮全品目輸出入禁止を世界に先駆け実施した日本の貢献も大きい。拉致問題解決に関連し、「太陽政策」を振りかざし制裁緩和を訴える主張も一部にあるが、国際的に連携した厳しい制裁がミサイル開発や拡散の抑制に大きな成果を挙げていることを冷静に認識すべきであり、制裁緩和は慎重に行うべきであろう。

RIPS' Eye No.183

執筆者略歴

とくだ・はちろうえ 京都大学理学部地球物理学科卒業、同大学院理学研究科博士課程を経て防衛省技術研究本部、陸上幕僚監部、統合幕僚監部、防衛大学校等で研究開発、技術調査、技術教育に当る。元1等陸佐。主著に「間に合わなかった兵器」「間に合った兵器(いずれも東洋経済新報社)」、共著に「中国をめぐる安全保障(ミネルヴァ書房)」、「大国ロシアになぜ勝ったのか(芙蓉書房出版)」等多数。(財)平和・安全保障研究所客員研究員。

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