日本はウクライナの民主化・経済発展支援に一層の貢献を

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六鹿 茂夫 (静岡県立大学大学院 国際関係学研究科 教授 ・ 同 広域ヨーロッパ研究センター長)

 5月2日、ウクライナ南西部の美しい古都オデッサで、親露派集団と親ウクライナ集団が衝突し40人以上の死者が出た。ウクライナ東部では、4月7日以降親露派武装集団による行政庁舎の占拠が相次ぎ分離主義運動が高揚していたが、同運動が遂に南西部にまで拡大したのである。クリミア併合後、ロシアはウクライナに連邦制を導入し、東部と南部に大幅な権限を与えることで、ウクライナのEU/NATO接近を防ごうとしてきた。しかし、争乱がオデッサに拡大したことで、ロシアがウクライナの東・南部からトランスニストリアへと至る地域の軍事併合に乗り出す可能性が一気に高まった。ところが、数日後の5月7日、ウクライナ軍が東部地域の奪還作戦を強行するなか、突如プーチン大統領が11日に東部で予定される独立を問う住民投票の延期を提案したのである。諸々の解釈が飛び交っているが、オバマ大統領が制裁に踏み切る直前にロシアがジュネーヴ交渉を提案したように、今回も恐らく和平に向けた柔軟な姿勢を示すことで国際社会に楔を打ち込み、新たな制裁を回避するための戦術と解される。

 この解釈の主要な根拠の一つは、2008年以降ロシアが公然と修正主義国家になったという事実にある。ロシアはソ連邦崩壊直後から、公式には近隣諸国の領土保全支持を唱えつつ、非公式にはトランスニストリア、南オセチア、アブハジア、ナゴルノ・カラバフの分離主義勢力を支援するという二元外交を展開してきた。ところが、2008年春のNATOブカレスト・サミットがウクライナとグルジアの将来のNATO加盟の可能性を宣言すると、プーチン大統領は同年4月16日に指令を発してグルジアの領土保全支持を撤回し、グルジア戦争後アブハジアと南オセチアの独立を承認した。そして、今年3月、クリミアを電光石火ロシア連邦に併合すると、ウクライナ本土において「新しい戦争」に着手した。武装集団による暴力とマスメディアを介して民族間の不信感と憎悪を掻き立て、情勢の不安定化を図りながら、5月25日の大統領選挙の阻止、連邦化、さらには軍事介入の機会を狙ってきたのである。

 しかし、ロシアがこのように修正主義国家に転化した背景に、ロシア勢力圏をめぐる欧米との対立のみならず中国の存在があることを忘れてはなるまい。中国はソ連邦崩壊直後から旧ソ連邦諸国に大使館を開設し、経済、政治、さらには安全保障面でも協力関係を築いてきた。北方領土返還交渉と関連して、ロシアへの配慮から旧ソ連地域への政治的関与を控えてきた日本とは対照的である。

 そこで、日本がウクライナに支援の手をさしのべることを提唱したい。日本との関係が強化されれば、ウクライナ外交は多元化し、限られた大国への経済的・政治的依存度が軽減されて、同国の主権や独立は強化される。戦争の経験も歴史問題もない先進国日本の関与は、必ずや歓迎される。日本がロシアや中国にはない固有の民主化・経済発展モデルを駆使して、ロシア、中国、欧米の利益が錯綜する旧ソ連諸国の安定と繁栄に貢献でき、日本の同地域における「積極的平和主義」が評価されれば、日本の発言力や威信はアジア太平洋や国際社会においても高まる。そればかりか、ロシアおよび中国の日本に対する関心も自ずと強まり、日本が両国との外交を展開しやすい国際環境が醸成される。さらに、ウクライナをはじめとする旧ソ連諸国が民主化を進めて腐敗構造を克服し、経済改革を断行して安定性を取り戻せば、ロシアの帝国化への道は自ずと断たれ、中国の修正主義にも一定の歯止めが掛かり、国際関係は安定するのである。

 この観点から、日本政府による15億ドルの対ウクライナ経済再建支援、エネルギー支援、OSCEや欧州評議会の監視団派遣費用の一部負担に加え、ウクライナ大統領選挙への10名の選挙監視団派遣を高く評価したい。大統領選挙が公正に行われてウクライナに新大統領が誕生すれば、同国は政情安定化に向け第一歩を踏み出すことになる。日本の一層積極的な貢献を期待したい。

RIPS' Eye No.181

執筆者略歴

むつしか・しげお 1952年生まれ。上智大学大学院国際関係論専攻修士課程修了(国際学修士)、ブカレスト大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士 (doctor in drept))、専門は国際政治学、研究テーマは広域ヨーロッパ国際政治、黒海国際関係、ルーマニア・モルドヴァ研究。安全保障研究奨学プログラム第3期生。

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