TPPのルール形成に参加する意義

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古城 佳子 (東京大学大学院 教授 / 平和・安全保障研究所 研究委員)

 年内合意をめざしてTPP(環太平洋パートナーシップ)の山場となる交渉が行われている。安倍首相が「国論を二分する」と述べたように、TPPは国内政治上の論争を引き起こしてきた。日本は複数のFTA・EPAを締結してきたにもかかわらず、他のFTA・EPAとは比べものにならない関心の高さだ。それは、TPPが「例外なき自由化」を目標とし、アメリカが交渉を主導しているからである。「例外なき自由化」は日本がこれまでのFTA・EPAで除外してきたコメ等の農産品の自由化を迫るものであり、かつての日米経済摩擦で日本に圧力を掛け続けたアメリカによる市場開放要求への警戒感が強い。

 しかし、TPPは途上国を含む12カ国間の21分野に渡る交渉であり、交渉の結果が国内社会にもたらす損得の正確な予測は難しく、実際、予想通り多様な国内事情を抱えた多国間での利害調整に手間取っている。にもかかわらず、元々4カ国間の枠組みに参加する国が次々に増えたのは、TPPが単に経済面だけで重視されてきたわけではないからだ。各国政府は、WTOのドーハ・ラウンドが行き詰まる中、自由貿易のルール形成に遅れをとりたくないことや「仲間作り」の方策という政治外交上の観点から自国の利益を反映し易いFTAを重視しているからに他ならない。

 東アジアにおいては、現在、TPPとASEAN諸国と日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドを加えた枠組みであるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)という多数国間によるFTAが同時に交渉されている。この2つの広域FTAの同時進行は米中対立としてとらえられることが多いが、自由化のルール形成についての主導権争いという点が重要である。TPPが高いレベルの自由化を早期にめざすのは、中国を排除するのではなく、世界の成長を牽引する東アジアで高い自由化のルールを決めることにより世界の貿易投資に関してのルール作りを先導したいからである。

 では、RCEPとTPPは対抗的な枠組みになるのだろうか。TPPとRCEPの交渉の両方に参加している国は、日本も含めて7カ国(アメリカの同盟国であるオーストラリアも含む)あり、双方が排他的な枠組みになるわけではない。現在のように東アジアにおける生産工程の分業が進むとサプライチェーンにとって適した経済連携をどの国もめざしている。日本にとって中韓は重要な貿易相手国であり、米国市場も重要である。従って、高いレベルの自由化を避けてTPP交渉に参加しない、という選択は自国の意見をルール形成に反映する機会を失うことにつながるだろう。

 国有企業等の問題を抱え、これまで緩やかなFTAを結んできた中国や、既に米韓FTAを結んでいる韓国は、RCEPを選択しTPPには当面参加する意思はないと見られてきた。しかし、日本がTPPへの交渉参加を決定した後、それまで消極的であった中国や韓国が日中韓FTAに前向きな姿勢やTPPへの関心を示し始めた(韓国はTPP交渉参加を表明した)のは、ルール作りから排除されたくないという政治外交上の配慮が存在していることを示している。TPPは、日本の国内産業や社会制度に変革を迫る可能性を有しているが、ルール形成に参加せずして自国の意見を反映することはできない。政府が国内調整の役割をしっかり担うことにより対外的なルール形成に関与し、自国の意見を反映するルール形成をめざすことが求められているのである。

RIPS' Eye No.174

執筆者略歴

こじょう・よしこ 東京大学教養学部卒、東京大学大学院修士課程修了、プリンストン大学大学院博士課程修了(Ph.D.) 。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。国際関係論、国際政治経済論専攻。『経済的相互依存と国家』、『講座 国際政治 第3巻 経済のグローバル化と国際政治』など。

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