アルカイダの脅威は低下したのか?(投稿論文)

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和田 大樹(清和大学 法学部 非常勤講師)

 9.11同時多発テロから10年の月日が流れ、2011年5月にはアルカイダの象徴ビンラディンが殺害された。さらにアルカイダの撲滅を目的とした米国の無人偵察機プレデターによる越境攻撃で、多くの幹部が殺害され、現在アイマン・ザワヒリが率いるアルカイダはかなり弱体化しているとするのが一般的な見方である。しかしブルッキングス研究所のダニエル・バイマン(Daniel Byman)やランド研究所のブライアン・ジェンキンス(Brian Jenkins)など著名なテロ研究者の間で、今後のアルカイダ系によるテロの脅威について楽観的な見解を示す者は少ない。ここでは今日のアルカイダの動向について、米国や英国、イスラエルやシンガポールの研究機関などで進められる最新の分析をもとに簡単ながら紹介したい。

 2012年3月12日、米国のNational Counterterrorism Center(NCTC)より2011年の世界的なテロ情勢に関する報告書が発表された。それによれば、2011年に世界中で発生した総テロ事件数は依然として10,000件を上回っており、被害者数は70カ国約45,000人で、12,500人以上もの人々がテロで命を落としている。2011年の事件数は、2010年に比べ12%、2007年に比べ29%減少しているが、総死傷者数やテロ発生地の総範囲などの観点からは大きな変化は見られない。そして2011年のテロ事件の75%以上は、南アジアと中東で発生しており、最近ではソマリアやナイジェリアなどアフリカ地域での事件数が増加傾向にある。さらにこの報告書によれば、2011年発生した全テロ事件の約56%(死亡者数の70%)、およそ5700件はイスラム教スンニ派過激グループによるものである。そしてスンニ派過激グループの中で、アルカイダやそれに協調する組織(AQAP:アラビア半島のアルカイダ、AQIM:マグレブ諸国のアルカイダ、AQI:イラクのアルカイダなど)によるテロは、少なくとも688件に発生し、約2000人が犠牲になったとされている。またアルカイダとの関連性があると考えられるアフガンやパキスタンのタリバンによるテロも約800件以上発生し、1900人程度が犠牲になったとされている。

 この報告書の結果にも反映されているように、今日の国際テロ情勢、特にアルカイダの動向に関する研究では、“パキスタン・トライバルエリアに潜む伝統的なアルカイダの弱体化が顕著になる反面、南アジアや中東、アフリカなどに拡散したイスラム過激派組織や、情報・通信のグローバル化の恩恵を受けたホーム・グローン・ジハーディスト(自国産テロリスト)などがより深刻な脅威となっている”とする見解でほぼ一致している。   
より具体的には、以前はヒエラルキーな構造を基本とし、“組織”としてのアルカイダという観点から研究や分析がなされていたが、現在では伝統的なアルカイダ以上にAQAPやAQIM,AQIなど自らの組織名にアルカイダを付けているグループ(Al-Qaeda affiliates) 、ソマリアのAl-Shabaab、アフガンやパキスタンのTaliban、パキスタンのLashkar-e Toiba、そして今日ではナイジェリアのBoko Haram、シリアのAl-Nusra、マリ北部のAnsar Dineなどグループの歴史や現在の立ち位置などを考慮しアルカイダの同盟組織として分析されるべきイスラム過激派(allied groups)、そしてインターネットなどの通信手段により、アルカイダ系グループからリクルートされ、または過激な思想に走り自らでテロ攻撃を試みる欧米出身のムスリムなどがより主要な脅威として認識されている。組織ごとに独自の特性や目標を持っており、どの程度伝統的なアルカイダ思想を共有しているかも異なるが、AQAPのように航空機テロなど欧米への攻撃を頻繁に試みる事例や、昨今ではAQIMとBoko HaramやAnsar Dine、AQAPとAl-Shabaab、AQIとAl-Nusraなどグループ間の相互関係も活発になっているとの研究成果も発表されている。米国や英国などをはじめとする欧米諸国は、アルカイダの脅威はアルカイダの思想や戦略に共鳴するイスラム過激派グループを取り込むことで、東南アジアから西アフリカに拡がる一種のグローバル・ジハード・ネットワークを確立し、また欧米内に潜む自国産テロリストの出現などもあり、予測がより困難になっていると警戒感を示している。例えば2012年夏にロンドン五輪が開催されたが、そこでも厳重なテロ対策が実効された背景にはこのような現実もある

 このようにアルカイダ系によるテロの脅威は依然として存在しており、決して低下しているわけではない。国際的なテロ対策の実施により大規模なテロ事件を起こすことは以前と比べ困難となっているが、今後の動向を注視する必要がある。

RIPS' Eye No.156

執筆者略歴

わだ・たいじゅ 1982年4月生まれ 中央大学法学部法律学科卒、同大学大学院公共政策研究科修士課程修了。現在は、清和大学法学部非常勤講師、岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、日本安全保障・危機管理学会研究員、海洋政策研究財団特任研究員を兼任。専門は国際関係論や国際政治学、外交・安全保障政策、国際危機管理論。現在は特にアルカイダ系組織の動機・組織構造・傾向の研究、国際テロ対策などを中心に研究し、海外の大学研究所や国内学会誌をはじめ、新聞、論壇誌、企業専門誌、警察・公安雑誌などに論文や分析を発表している。最近の論文やコメンタリーに、“Perspectives on the Al-Qaeda”(CTTA March.2011, RSIS, 南洋工科大学)、“ロンドンオリンピックを迎える英国のテロ情勢”(リスク対策.com vol.32, Yahoo ニュース掲載)。

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