日本の安全を脅かす北極海の融氷

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石原 敬浩(海上自衛隊幹部学校 教官)

  気候変動による北極海の融氷は、石油や天然ガスの開発、ホッキョクグマの生育環境問題等、様々な分野で影響をもたらしている。そのうち、最もわが国の安全保障に関係が深いのが、北極海航路の啓開である。

 歴史的に「海」の利用で最も活用されてきたのが、巨大なハイウェイ、公路としての使用、人や物の交易ルートとして利用することであった[1] 。しかし、北極海は最近まで、商業用の航路として使用されることは無かった。それが気候変動に伴う海氷の減少に伴い、商業利用が始まりつつある。

 北極海航路の利点は距離の短縮に伴うコストの削減である。欧州と北東アジアまでの航路の場合、スエズ経由と比較した場合、航程で約40%の短縮となる。ノルウェーの海運会社へのインタビューでは、4万トンの貨物船で22日間の短縮、83万9千ドル安い結果となっている [2]

 これらの情勢の変化が、我が国の安全保障に影響するところを、北東アジア及びわが国周辺と世界的なレベルという、2つのレベルに分けて考えてみたい。

 まず、北東アジア及びわが国周辺で考えれば、航行船舶数の増加と、それを意識してのロシア・中国の海洋を巡る主導権争いが懸念されることである。

 北極航路が、常用航路として使用された場合、経済大国となった中国や、韓国等、東アジアの沿岸部と欧州を結ぶ航路が活性化するであろう。北東アジアと北米西岸を結ぶ航路も含め、これらの航路活性化は、日本海、津軽海峡から千島列島沖、その他、我が国周辺海域を航行する外国船舶が増加することを意味する。そうなれば、海上交通の保護、あるいはロシア側からすれば適切な管制、というような動機から、わが国周辺海域での関係国の角逐が予想される。

 このような情勢の変化を見込んでかどうかは定かではないが、ロシアは北方領土の軍近代化を進め、活動を活発化させている。時にロシアは、中国に対する警戒心を露わにすることもあり、北方領土の軍近代化は、必ずしも我が国相手だけではないことも考慮する必要がある [3]。我が国としては、周辺海域のISR能力を維持するとともに、必要なプレゼンスを示すこと、地政学的・戦略的立場からロシアと交流することが重要である。この点に関し、海洋政策研究財団特別顧問の秋山昌廣氏は「日本の安保にも大きな影響が出てくる。次回の防衛計画大綱の策定時には、北極海の変化を念頭に置くべきだ」と述べている[4]

 世界的なレベルでは、北極海を巡るルール作り、制度の問題が挙げられる。

 現在のところ、北極海沿岸国は国連海洋法条約の規定を遵守するという大枠では合意しているが、ロシアやカナダはそれぞれの立場から、自由な航行に反対し、沿岸国によるエスコートや通報等を義務付けようとしている。我が国が、アメリカと同じように「航海の自由」を追求するのか、それとも沿岸国の主張を受け入れるのか、同盟関係や、そのルールを他の地域に当てはめた場合の利害得失を考慮した上で、意思決定し、主張する必要がある。我が国は、海洋先進国として、制度を創る段階から積極的に関与することが重要である。そのためには、北極海での様々な制度作りの中心的な役割を果たす北極評議会へのオブザーバー参加、その条件としての科学調査の実施等、各種貢献と実績作りが必要であろう。

 実際に融氷が進み、航路が常用的に使用されるかどうかは不明であるが、各国がその日に向けて、着々と布石を打つ中、我が国も積極的に関与することが、国際社会での主要なプレイヤーとして生き残れるかにも係わる事であり、安全保障上、重要な問題である。

(背景の詳細については拙稿「北極海の戦略的意義と中国の関与」『海幹校戦略研究 2011 年 5 月(1-1)』<http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/review/1-1/1-1-4.pdf>を参照されたい。) 

RIPS' Eye No.154

[1] A. T. MAHAN, “The Influence of Sea Power Upon History, 1660-1783”, Project Gutenberg eBook,p25
[2] 『朝日新聞』、2012年7月16日
[3] 防衛省防衛研究所、『東アジア戦略概観2012』、168-170頁
[4] 『日本経済新聞』、2012年7月22日

執筆者略歴

いしはら・たかひろ 1982年 防衛大学校(機械工学(船舶))卒。米海軍大学幕僚課程。青山学院大学大学院(国際政治学修士)。(株)電通(研修生)。護衛艦ゆうばり航海長、護衛艦たかつき水雷長、護衛艦あまぎり砲雷長兼副長、護衛艦あおくも艦長、第1護衛隊群訓練幕僚、防衛局調査第2課、海上幕僚監部広報室などを経て、現職。

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