フランスのオランド新政権と欧州の安全保障~仏新政権に望む米欧同盟の結束維持と欧州の安全保障体制の構築~

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小窪 千早( 静岡県立大学 国際関係学部 講師)

 2012年5月15日、フランスにおいてフランソワ・オランド(François Hollande)大統領が正式に就任した。オランド新政権の最大かつ最も喫緊の課題は、やはりユーロ危機への対処であり、そのためにドイツを始めとするEU諸国といかに協力体制を築くかであろう。しかし一方で、オランド新政権の安全保障政策がどうなるのかもまた重要な問題である。早速5月20‐21日にはシカゴでNATOの首脳会合が開かれる。本稿ではオランド新政権の安全保障政策とその課題について論じたい。

 サルコジ前政権の5年間において、フランスの安全保障政策はいくつかの大きな変化を遂げた。その第1に挙げられるのは、1966年以来約40年ぶりにNATO(北大西洋条約機構)の軍事機構への復帰を果たしたことである。そして第2に、英仏の安全保障協力を大きく推し進めたことである。2010年11月に英仏間で締結された英仏防衛安全保障協力条約はその最も大きな進展であったし、リビアにおけるNATOの軍事作戦において、英仏両国は大きな役割を果たした。

 それらを踏まえて、オランド新政権の安全保障政策はどうなるのであろうか。実際の政策運営において変わってくる可能性はあるものの、選挙戦における演説等から見る限り、オランド新政権の安全保障政策は、NATOからは若干距離を置き、欧州による安全保障に期待を掛ける傾向が見られる。NATOについては、現在アフガニスタンに駐留するフランス軍の戦闘部隊を、2012年末までに撤退するとの方針を示している。また、サルコジ前政権によるNATO軍事機構への復帰についても、再検討すると述べている。一方、英仏の安全保障協力については、これを強化すると謳っている。しかし前政権と微妙にトーンが違うのは、英仏協力を欧州の安全保障の文脈で語っている点であり、英仏の協力とともに、ドイツなど他の欧州諸国との協力を深め、欧州の安全保障を強化すると謳っている点である。また欧州の防衛産業の強化にも強い関心を示している。

 オランド新政権にとって、当面の安全保障政策の課題は2つあると考える。ひとつは、NATOの中で、米仏の間に政治的な溝があるかのような印象を与えないことである。NATO自体もまたアフガニスタンからの撤退局面に入っているし、加盟国の財政難に伴い、域外での活動はこれまでに比べて消極的なものになると思われる。オランド新政権のNATO政策は確かに積極的ではないが、NATOとの間に本質的な齟齬があるわけではない。フランスのNATO軍事機構への復帰を見直すという主張についても、ドゴールのように再度の脱退にまで踏み切ることはないだろうし、実際には大きな政策の変化はないものと筆者は考えている。フランスの主権の根幹に関わるような一定の留保は、サルコジ政権が2009年に復帰する際に既に得ているからである。オランド新政権は、アフガニスタンからの撤退時期を巡る見解の相違が米欧同盟の結束に深刻な影響を及ぼすことのないよう、米国を始めとする同盟諸国との間で慎重に事を運ぶ必要があろう。

 もうひとつの重要な問題は、米国の安全保障政策がアジア太平洋地域へのシフトを進めようとしている中で、欧州諸国による欧州の安全保障をいかに機能させていくかである。米国の関与が今後相対的に低下する一方で、欧州の周辺地域において、何らかの介入を要するかもしれない紛争の危険性は依然残っている。オランド新政権は欧州(EU)による安全保障の強化を謳っているが、目下ユーロ危機への対処に手一杯であるEU諸国にとって、安全保障の強化は現実には難しいであろう。やはり鍵となるのは英仏協力である。少なくとも当面は、欧州地域において比較的烈度の高い安全保障の問題があった際には、英仏協力が重要な役割を担うことになるであろう。その際に最大の課題となるのは、財政上の制約である。

 欧州諸国による欧州周辺地域の安全保障がうまく機能するかどうかは、米国の安全保障政策のアジア太平洋地域へのシフトが円滑に進むかどうかにも大きな影響を与える。その点でオランド新政権の安全保障政策は、欧州のみならず東アジア地域にも関わってくる問題である。オランド新大統領は、新しい国防白書(livre blanc)の作成を表明している。フランスの新政権が、米欧同盟の結束を維持できるか、そして英仏を中心に欧州諸国による欧州周辺地域の安全保障の体制を構築できるか、今後の対応を注意深く見守る必要がある。

RIPS' Eye No.150

執筆者略歴

こくぼ・ちはや 静岡県立大学国際関係学部講師。1974年生まれ。平和・安全保障研究所・安全保障奨学プログラム第11期生。京都大学大学院法学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得退学。京都大学大学院法学研究科助手、(財)日本国際問題研究所研究員(欧州担当)を経て、2010年より現職。安全保障研究奨学プログラム第11期生。専門はドゴール時代を中心とするフランス政治外交および欧州(NATO・EU)の外交・安全保障政策。

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