困難に直面する体制移行の正義措置-長期的支援が必要

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西村 めぐみ(立命館大学 法学部 教授)


【体制移行期の正義措置と日本】
 体制移行期の正義措置とは、武力紛争、権威主義体制の崩壊に伴い、過去に行われた殺戮や様々な人権侵害について、その行為を行った者の処罰や被害者の救済を行い、民主的な政治体制を構築する政策である(Tricia D. Olsen et. al., Transitional justice in balance: comparing processes, weighing efficacy, United States Institute of Peace Press, 2010, p. 1) 。具体的な措置として、裁判、真実と和解の委員会、恩赦、謝罪、補償、追放などが含まれる。移行期の正義措置という用語自体は最近の概念である。しかし、日本は、極東国際軍事裁判(東京裁判)、B級・C級戦犯裁判という歴史的体験で、すでに「移行期の正義措置」を経験してきた。そして今、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所やルワンダ国際刑事裁判所等を通じて、困難な努力に立ち向かっている人々が世界中に存在するのである。こうした努力に、日本が無関心、もしくは支援は欧米任せとすることは許されない。

【明白な理念と困難な現実】
 体制移行期の正義措置の理念は一見して明白である。許しがたい虐殺、殺戮、人権侵害を行った者を、近代啓蒙主義の原則に基づく公正な裁判で裁くということは、当然、理にかない多くの人々の良心に訴えるものである。

 しかし現実はそう単純ではない。なぜならば、体制移行期の措置は、様々な政治的な文脈の中で行われ、こうした措置を最も必要とする諸国は、内戦で疲弊し、機能する政治制度・司法制度そのものが存在しないことが多いからである。南アフリカやエルサルバドルの真実の委員会の調査は、過去の内戦や暴力を乗り越え国民和解に貢献することが大きかったと言われる。しかし、イラクのフセイン元大統領の(国内)裁判やアフガニスタンで行われた恩赦措置が国民和解に貢献しているとは到底考えられない。つまり、移行期の正義措置は、いかに高邁な理想と信念に基づいて行われようとも、負の効果すら生むことがあり得るのである。

【支援は長期的視点で多国間の枠組みで】
 では、体制移行期の正義措置に日本はどのように関わるべきであろうか。未曾有の国難にあり、国際協力が欠かせない時期であるからこそ、こうした地味な活動に内向的になるべきではないと思う。

 その上で、考慮すべき点として以下が指摘できよう。まず、体制移行期の正義措置は、きわめて政治的な文脈の下で行われる政策であり、対象国国内のすべての国民集団から受け入れられることは不可能であると言っても過言ではない。国内裁判や国内の真実の委員会は、民主的政治・司法制度の整っていない対象国の国内政治に、振り回される可能性がある。間接的であっても支援する必要性は必ずしも高いとは言えない。日本が移行期の正義措置に深く関わるとすれば、超大国以外の諸国の意見が取り入れられやすい政治的枠組みがある国連の枠組みによるべきであろう。さらに移行期の正義措置を監視するのは国民の役割である。国際裁判であっても、NATO加盟国の政策に沿う形で行われているかという観点からではなく、証拠主義に基づく公正な裁判が行われているか、国民は関心を持ち続けなければならない。

 第二に、体制移行期の正義措置は、効果が見えにくい政策である。むしろ、対象国国内では批判や無関心の方が大きいかもしれない。また支援をする側の国では、期待が大きいゆえに、短期的な効果が見えない場合には、強い批判にさらされる可能性がある。このことを理解した上で、長期的な視点で支援することが必要である。また体制移行期の正義措置の効果を国家の民主的な発展の方向に向けていくという本来の目的を遂げるためには、民主的な政治体制・司法体制・警察制度の構築の支援と連携していくことが不可欠である。そのための努力や援助も怠ってはならない

RIPS' Eye No.147

執筆者略歴

にしむら・めぐみ 二松学舎大学国際政治経済学部助教授等を経て現職。法学博士(一橋大学)。財団法人 平和・安全保障研究所・安全保障研究所奨学プログラム第8期生。専門は紛争予防、民主化支援等。

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