平時に回帰した米新国防戦略-日米同盟も平時任務へ

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宮岡 勲(慶應義塾大学 法学部 准教授)

 アメリカのオバマ政権は1月5日に新たな国防戦略指針「アメリカのグローバルなリーダーシップの維持―21世紀の防衛の優先順位」を発表した。この国防戦略の見直しの背景には、アメリカが戦略的転換点にいるとの認識がある。およそ10年続いてきた対テロ戦争は、イラクでの米軍の任務が終了しアフガニスタンでも米軍の漸次撤退が開始されたことにより、一定の目途がついた。また、戦費で膨張し続けた国防支出は、今後10年間で4870億ドルの国防支出の削減が予算管理法により義務づけられている。日本の新聞報道では、本指針について、「二正面戦略」放棄やアジア・太平洋重視、中国への対抗といった点に焦点が当てられていた。それらは間違いではないが、歴史的な視点から捉えると変化よりもむしろ継続性が目につく。

 第一に、2001年9月11日に同時多発テロが発生する以前において、すでに二正面戦略を放棄する方向で検討が進んでいた。1997年に設置された国防諮問委員会は「2つの大規模戦域戦争」に勝利するために必要な能力基準という戦力計画構想の欠陥を指摘していたし、2001年の「4年ごとの国防政策の見直し」の作業部会は同基準の放棄を提起していた。なお、新国防戦略指針においても、「米軍は、一つの地域で大規模な作戦に従事しているときでさえ、二つ目の地域で機会主義的な侵略国の目的を拒否するか受け入れがたい損失を負わせるかができるであろう」程度の戦力を維持することは想定されている。国防総省が1月26日に公表した国防費削減計画によると、今後5年間の主な削減は基本予算ではなく戦費の縮小からもたらされることになっている。また、陸軍や海兵隊の陸上部隊の削減が目立つが、それでも2001年のレベルを上回る予定である。

 第二に、アメリカは、長い間、自らを太平洋国家と位置づけてアジア・太平洋地域を重視してきた。デタントとヴェトナム戦争の終結の時代である1970代や、冷戦終結後の1990年代のように、とくに戦争や軍事的対立が一段落すると、重要な地域の平和と安定の維持という平時の任務が前面に出てくる。また、戦後に高まりがちな国内の孤立主義的なムードを押え、アメリカの共同防衛へのコメットメントに対する同盟諸国の懸念を和らげるためにも、アメリカ政府は平時の任務を強調するのである。

 第三に、冷戦後におけるアメリカの対中国戦略も基本的に継続されている。それは一言でいえば関与とリスク軽減策の組み合わせである。アメリカのみならず世界が、成長する中国経済への依存を深めているなかで、中国の封じ込めは賢明の策とはいえない。むしろ、非強制的な手段を使って、アメリカが主導する国際秩序に台頭する国家を取り込み、現状打破的な意図を持たせないようにしていく方が得策である。ただし、関与失敗のリスクがある限り、それを軽減する策も同時にとる必要がある。新国防戦略指針は、台頭国の意図に関する情報を収集する、軍隊を近代化する、および同盟国や友好国との政治・軍事的なつながりを強化するなどのリスク軽減策の比重を高めている。

 要するに、今回の国防戦略指針は、アメリカが平時に回帰したことを戦略面で宣言したものである。共通の利益と価値に支えられた日米同盟も、アジア・太平洋の平和と安定の維持という本来の平時任務に比重を移していくべきであろう。また、それを可能とするためには、米軍による大規模な対反乱作戦が必要となる状況が再び出現しないよう、日米両国ともイラクやアフガニスタンの安定化にも非軍事面で努力し続けなければならないだろう

RIPS' Eye No.145

執筆者略歴

みやおか・いさお 1990年慶應義塾大学法学部卒、外務省入省(1995年退官)。1999年英オックスフォード大学大学院社会科学研究科政治学専攻博士課程修了(D.Phil.取得)。大阪外国語大学助教授、大阪大学准教授などを経て、2010年4月から現職。安全保障研究奨学プログラム第11期生。専門分野は、国際政治理論、安全保障研究、日米関係。

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