2012年の政治変動はどのように歴史に残るのか?

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渡邉 昭夫(一般財団法人 平和・安全保障研究所 副会長)

 今年になって既に大事な選挙が台湾であった。現職の馬英九が野党候補の蔡英文の追い上げをかわして総統の座に踏みとどまった。台湾の選挙民は北京との関係に動揺をもたらす危険を避け、安全牌を選んだということであろうか。

 それは兎も角、今後、年末近くに予定されているアメリカの大統領選挙に至るまで、韓国、フランス、ロシアその他で選挙が行われることになっている。議会の補欠選挙だがスーチーさんの出馬の影響如何が注目されるミャンマーや、任期切れで退場する胡錦涛後の中国も入れると、政権交代と言えるような事態につながるのかどうかは分らないにしても、それなりの政治の変動はあるだろう。ついでに、エジプトもこの中に入れても良いし、ヨーロッパの幾つかの國でも選挙があるかも知れない。日本だって、何があるか分らない。

 こうした一連の選挙のスケジュールはそれぞれの國の事情によるのであって、それが今年に集中するのは偶々のことであり、特別の意味はないと考えても良い。だから、そこに共通性を発見しようとしないのがいいのかもしれない。

 そのことを充分にわきまえながら、以下に敢えて、共通点を探してみよう。

 政治とは本来ローカルなものであり、同じ土地の空気を吸っている選挙民の顔を見て行動するのが政治家だとすれば、選挙に国際情勢が入り込む余地は少ないと言うべきだろう。それでも、グローバリゼーションの諸影響から隔絶された空間で純粋培養的に国内政治が展開すると考えるのも間違いである。選挙民が政治家に解決を要求する様々な課題(issue)の多くは、国境の外からの諸力に刺激を受けて生れでるからである。言い換えれば、「課題」の流れと、「政治」の流れとの接点が問われるのが、選挙なのである。両者がうまくマッチすれば、国内政治の安定がもたらされる。言い換えれば、「課題」に有効に対処すべき「政策」を形成し実施する能力が統治者に求められるのだが、「統治能力」が「課題」の速さや複雑さに容易に追いつけないのが、現代の世界的な現象であり、その結果、国民の不満は解消されず、国内政治は不安定化する。諸国の選挙、若しくはその他のやり方(北朝鮮では「世襲」というアナクロニズム)で新しく登場する統治者たちがこの厳しい試練にどう耐えられるのかを、我々は注視している。

 北朝鮮の新しい指導者の統治能力が著しく限られているであろうことは、衆目の一致するところである。中国は相変わらず、共産党独裁体制の枠内での権力継承に固執しているが、何処まで、あるいは何時まで、体制外の「人民」の要求との乖離から生じる圧力にこの体制が耐えられるのか。

 アラブの春と総称される現象は、民主化の進展(の可能性)を示すものとして期待を込めて見る人が多いが、「性急な民主化(選挙制度の採用)のために、逆効果を生じた例も多い」という警告(ザカリア『民主党主義の未来』)を忘れてはいけない。特に「イスラム原理主義は、中東地域に独特のものだが、基本的原動力は、ナチズム、ファシズム、またはアメリカのポピユリズムの台頭の場合と酷似している」(同上)ことを勘定に入れるならば、尚更である。真の民主化・自由化の実現は漸進的にしか進まず、長い期間が必要なことを肝に銘じておくべきだろう。そうだとすれば、ただでさえ、「佳き社会」への青写真に沿った単線的な試みに走ろうとする地域民衆を国際社会が外から煽る愚は避けて、むしろ静かに落ち着いて見守るのが、先進民主主義國の採るべき態度であろう(桜田淳氏の好著『「常識」としての保守主義』の趣旨をこの事例に適応すればそう言える)。

 アラブの春と並んで、昨年度の10大ニュースの上位を占めたユーロ不安や福島原発が突きつける課題を抱えた先進民主主義諸國はと言えば、こちらも、野中尚人氏が中央公論の最近号の時評で指摘しているように、「民主主義の非常事態」に直面している。金融危機の克服には関係諸国の財政規律が求められるが、選挙民を説得して財政健全化という苦い薬を呑ませることのできる政治的指導者の登場を期待できるだろうか。最初のテストはフランスだが、韓国、そして今年中にその時がくるかどうかは別として日本も同じである。ロシアではプーチン、アメリカではオバマがそれぞれ、人気低下の趨勢と戦っている。プーチンは、ナショナリズムに逃げ込むのかも知れない。アメリカでは「リベラル」という同じ土俵での共和党と民主党との争いになりそうだ。

 それぞれの国によって詳しい事情は異なるが、敢えて共通点を探すと、一様にガヴァナンスの危機を抱えている中での選挙であり、指導者の交代である。

 仮に政敵の挑戦を退けて政権の座に留まりえたとしても、また挑戦者の側の勝利に終ったとしても、ポピユリズムの台頭する中で統治者が難しい内政問題(社会・経済上の困難)に直面することは避けられない。つまり政策の選択の幅は極めて小さい。

 従って二つの懸念がある。

  1. dead lock(閉塞状況)から抜け出す鍵を性急に求めて各種の急進主義が勢いを得る危険。1930年代にその例があった。
  2. 対外関係では内政に精力を奪われて安定(悪く言えば事なかれ)を志向するか、逆に、内の不満を外に向けるべく排外的政策に走ろうとする誘惑に負けるか?この先例もまた1930年代にある。

 筆者のかかる懸念が杞憂であったという形で2012年が終ることを望みたい。

RIPS' Eye No.142

執筆者略歴

わたなべ・あきお 1932年生。オーストラリア国立大学修了(Ph.D) 。東京大学教授、青山学院大学教授を経て、当研究副会長。専門は国際関係論・日本外交論。

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