国連気候変動枠組条約締約国会議(ダーバンCOP17)に参加して

中村 浩平(外務省 国際協力局 気候変動課 気候変動交渉官)

 昨年12月12日朝6時前、COP史上最も長かったダーバンCOP17が新たな作業部会の設置など4つの主要な決定を採択し終了した。そこに至るまでほぼ1年間気候変動交渉に関わった者として、メディアにもしばしば取り上げられる以下の点について、現場感覚に基づいて思うところを述べてみたい。

1.新たな法的枠組みへの扉は開いたのか
 昨年12月12日付毎日新聞夕刊に、今回のCOPは「京都議定書の策定を決めたベルリン・マンデートに匹敵する歴史的COP」との解説記事が出ていた。確かに、今回の成果は交渉官たちが事前に想定していたシナリオのうち、ほぼ「ベスト・シナリオ」に沿ったものであったと思う。

 しかしながら、今回の最大の合意である2020年以降に実施される、国連気候変動枠組条約の下で全ての国に適用される新たな法的文書については、多分に玉虫色の合意であると言わざるを得ない。今回設置が決定された「強化された行動のためのダーバン・プラットフォームに関する特別作業部会」(AWG-DP)が2015年までに採択する成果物は「protocol, legal instrument or agreed outcome with legal force」とされ、京都議定書に替わる新たな議定書であるか文言上曖昧さを残した。COP終了後の各国からの反応を見ても、その認識は実質面において大きく異なったままである。

 従って、今後順調にAWG-DPが立ち上がり、中身の議論に入れるかどうかは全く予断を許さない。この交渉の常ではあるが、本年の交渉もまずはダーバンで何に合意したのかを巡る論争から始まり、膨大な時間とエネルギーを費やし一進一退を繰り返しながら、ドーハCOP18に向かっていくことになろう。

2.京都は「延長」されたのか
 今次COPにおいて、第2約束期間(2013年~)を設定するために来年のCOP18で京都議定書の改正を決定したことは大きな成果である。しかし、COP17で京都議定書が「延長」されたという点だけに注目すると問題の本質を見誤る恐れがある。京都議定書第2約束期間で削減義務を負うことを現時点で明確にしているのはEUに加えてノルウェー、スイス等限られた国に過ぎない。豪、NZは未だ態度を明確にしておらず、日本とロシアは第2約束期間に入らない意思を明確にし、カナダはCOP17終了後、京都議定書そのものからの脱退の意思を表明した。そうなると、現時点でも世界のCO2排出量の4分の1強に法的削減義務をかけているに過ぎない同議定書のカバー率は、2013年以降15%程度に落ち込むことになる。

 COP17では、京都議定書に替わる新たな法的枠組みを作ることに合意したと同時に、その体制への移行を2020年まで「先送り」することにも合意した。従って、温暖化対策の観点からは京都議定書で削減義務を課されない85%の国々が2020年までにどういう取組みをするかに注目する必要がある。日本政府はこれまで、京都議定書第1約束期間(2008年~2012年)終了後、直ちに新たな法的枠組みに移行するのが現実的でない以上、2013年以降は3割弱かそれ以下しかカバーしない京都議定書第2約束期間より、8割以上をカバーする2010年のカンクン合意を基礎として体制を強化し、できるだけ早い時期に新たな法的枠組みに移行する方が公平であり効果的であると訴えてきた。この我が国の主張との関係では、新たな法的枠組みへの移行が2020年以降とされた今回の決定が持つ意味は非常に重い。

 日本が利己的な動機ではなく、地球益に立ってこのような主張をしてきたことを証明するためには、2013年から2020年までの8年間、日本は米中印を始めとする主要国とともに実効的な気候変動対策をとるべく、自らが率先して範を示しつつ、積極的に働きかけていかねばならない。国際社会のリーダーの一員として日本が果たすべき責任は重い。

3.日本の存在感は無かったのか
 確かにCOP17期間中、日本政府がメディアのヘッドラインを華々しく飾った訳ではない。しかし、交渉に貢献するという意味において、COP17の成功に日本が果たした役割は大きいと感じている。日本は今次会合の最大の成果であるAWG-DPのアイデアをダーバンで一番初めに公に提案した国の一つであったし、同様に熱心であったEUと緊密に連携してその実現に尽力した。またある意味で中印以上に立場が堅いと思われた米とのコミュニケーションを最も密にとっていたのは日本だった。日本はこうした各国とのチャネルを活かし、交渉の着地点(landing zone)を緻密に絞り込み、交渉の最終局面で議長国南アにインプットした。地道で、フラッシュライトを浴びるものではないが、こうした日本の努力は交渉関係者の間では高く評価されていると思う。

 得てして成功した外交は紙面を飾らず、そういう意味での「存在感」はない。意外かも知れないが、現場では「レッドライン」の近くに追い込まれている者ほど「存在感」があることの方が多い。

4.ターバンCOP17が明らかにした気候変動交渉の本質とは何か
 帰りの機内、昨年12月12日付ヘラルド・トリビューン紙を読んでいて、以下の記述に我が意を得たりという思いであった。(…は省略。下線部は筆者。)
"There is no denying the dedication and stamina of the environment ministers and diplomats… But maybe the task is too tall. The issues on the table are far broader than atmospheric carbon levels… What really is at play here is politics on the broadest scale, the relations among Europe, the United States, Canada, Japan and three rapidly rising economic powers, Brazil, China and India. … And the question… is more than an “environmental” issue."

 要は、この問題は気候変動交渉官同士で交渉するには荷が重すぎるということだ。筆者もこの1年間を通じて、世界第1位と第3位の排出量を誇る国が一貫して途上国であるとして削減義務を受け入れることを拒否し続けたことに、違和感というよりある種の恐怖感を覚えた。

 日本は戦後の廃墟から立ち直り、追いつけ追い越せで懸命に努力して、晴れてOECDやG7/G8のメンバーになると、先進国の一員として既存の秩序の中で国益を追求してきた。韓国やメキシコもOECDに入ったら、その地位と引き替えに相応の負担を受け入れてきたのである。この交渉において、新興国の中でもブラジルや南アは既存の秩序への許容度が高いように感じる。他方、中国やインドは既存の秩序とは異なる新たな秩序を模索する方向性がより強いように思えた。気候変動交渉は、エネルギー問題や各国の経済的利害に直結している。仮に中国やインドがこの交渉において新たな秩序を追求するのであれば、主要国の協調によって世界の秩序を保つという少なくともここ40年くらい続けてきた世界システムは重大な挑戦に晒されることになる。

 古代より国際政治は新たに台頭する勢力をいかに平和裡に既存の秩序に取り込むかを巡って展開されてきた。それに失敗した時は戦争という暴力的手段で秩序の再編成が行われてきた。気候変動交渉の本質は、中国やインドがいずれ既存の秩序の中で新たな主要国の一員を成すのか、あるいは新たな秩序を打ち立てることを目指していくのか、如何にして両国を前者に導いていくのか、そのために首脳外交以下あらゆる外交手段を用いていくかである、と言ったら言い過ぎであろうか。

RIPS' Eye No.141

※本稿は外務省あるいは日本政府の立場を説明したものではなく、あくまで筆者個人の見解をまとめたものである。

執筆者略歴

なかむら・こうへい 1973年、兵庫県生まれ。平成8年外務省入省。在ジュネーブ国際機関代表部、外務省経済局政策課、同総合外交政策局総務課、内閣官房副長官秘書官等を経て、2011年2月より現職。安全保障研究奨学プログラム第13期生(特別フェロー)。

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